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思った通りの小説が書けないのは当たり前だけど、思った通りのブログが書けないことはアリエナイ、らしい

“小説”を書くときに思ったとおりの小説が書けないことは、別に恥ずかしいことではない。
「ここはこういう意味ですか」
「いや、こういう狙いで入れた文章なんですけど、目論み通りには読めないですか。こういう表現にしたらどうですかね」
「それなら判りますよ」
“WEB小説”の感想のやりとりのなかで、そんな応答は当たり前であって、珍しくさえない。
(ただし、これはどちらかというと前出の「辛口感想」と見なされるので、相手は選ぶ)

“思ったとおりの小説”が書けたら、それはもう、名手と見なされるんじゃないかと思う。

ところが、ブログの文章では「思ったとおりに文章が書けていること」が前提になる、みたい。
「日本語が読めないんですかっ」
「読解力がないっ」
って、よく見るフレーズ。つまり「思ったとおりに文章は書けている」ことが前提で。
「あなたの文章は、あなたが思ったとおりには、書けていないのじゃないですか?」
などという指摘は、傍若無人、言語道断、無礼千万、アリエナイ。書き手の意図どおり読めない、読み手に非がある。

通じてない部分を直す、通じやすい言葉を探す、って発想は見えてこない。
この世で、推敲って言葉は、小説専用なのか。

うーん? なにか、すごく根本的なところで間違えているような気もする、ケド。
一個人とのやりとりを、ブログの一般論としてはいけない、とか。
……まあ、いいや。
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