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写真といふものII

ここ数日、なんかぼんやりと、写真と言うものについて考えていたのは、こことも《Y!》とも関係なく、むしろ《FC2》のdaniel氏の、2/19~2/28で11本というハイペースでアップされた、画像処理スクリプトシリーズのせいかもしらず、よくわからない^^

そんな下地があったところに、首領殿の記事や、ひろ氏ブログコメント欄での話があって、もう一度だけ、「私の写真への感覚が、平均をはずれていたということですかね?」と問いかけてみたくなったのである。


前記事コメ欄を拝読して、やはり少しばかり、……まさに「感情の多数決(c)jemini氏」において、ハズレているかなぁ、と自覚した、というのが、現在の実感である。

ひとつには、私の「言葉フェチ」という旧来の病がある。「言葉記事」の価値が、たぶん他の人よりも高いために、相対的に写真の地位は低い。これはもう、びょーきだから仕方ない。

もう一つは。逆説的に響くかもしれないが、「父が写真好きだった」ことと関係がありそうな気がする。

私が幼い頃、家の北側の一番暗い部屋が、父が写真を現像する暗室であった。
父はたくさん写真をとり、本人が気に入った写真だけをアルバムに貼った。余った写真が、無造作に重ねられて、家のなかにあちこち放置されていた。
父の写真は、子供や家族を真正面から記念写真的に撮ったものが多く。構図的にはどれも似たよう見えて。私はそれをほとんど「好ましい」と思ったことがない。
ブログに親しむようになって、ある公開BlogPeopleを(ひっそりとw)拝見するようになった。
そこにいくつか、写真ブログが含まれていた。
それで驚いたのだ、世の中には写真の上手い人(しかもアマチュア)がなんてたくさんいるんだろう、と。
いまさら……、自分の父が実は写真が下手だったのじゃないか、と、気づいた(爆笑)

つまり、あれだ。
私は、下手の横好き的な写真好きの父の子供として、美しくもない写真が溢れかえり余りきっている家庭のなかで育ったために。写真を貴重とか大切とか感じる神経が、発達しそびれちゃったんじゃないか、と思い至ったわけである。

言葉というもの、ブログというもの、写真というもの。

どうもまだ、考えねばならんことが、いろいろとあるね。
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