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『超人バルク』


ISBN : B000A0D8ZY
 『超人バルク』、という言葉を思いついて、ちょっと「♪」と思ったんだけども。2秒後に、自分以外の誰にも通じないだろうってことに気づいて、凹んだ。


 そもそも、元ネタの『超人ハルク』自体が、アメコミ系ヒーローのなかでは、マイナーっぽい。

 まして、バルク剤(bulking agent)なんて某業界用語は、他の方には通じ……ないですよね?


 錠剤をつくるときに、有効成分はンmgだったりμgだったりする。これを1粒の錠剤にしたら、1錠が小さすぎて扱いにくい。
 だから、バルク剤(bulking agent)を入れて、カサを多くする。
 薬効がなくて、格好がつく(成型できる)成分を選びます。


 ブログ界の『超人バルク』は、超人的。とにかく、超人的。読み込みの深さはともかく、たくさん読む。でもって、たくさん書く。
 その努力の「量」たるや巨大(bulky)


 ブログ界には「文化圏」があると言われていて。たとえば、"無断リンク禁止"文化圏 vs "リンクは自由"文化圏とか、"言及トラックバック"文化圏 vs "関連仲間トラックバック"文化圏、なんかが、有名。

 そんな並びで、"連コメOK"文化圏 vs "連コメ(or長コメ)NG"文化圏、っていうのもあるんじゃないかと思う。
 私はもともと "連コメNG"文化圏にいた。多人数の閲覧客にまとめレスをするブログ主だけが連コメを使う、というのが、私の周辺の慣習。自分のブログ以外のコメント文字数制限があるブログでどうしても文字数をはみだしたら、「連コメすみません」と入れる。
 《eXcite》のコメント文字数制限は、半角1024。他ブログでのコメントで、これを越えたら、TBに切り替えるのが、私のもともとのスタイル。
 最近、違う文化圏(《Y!ブログ》とか)へ出入りするようになって、ちょっと、崩れてきた。

 『超人バルク』は、もちろん"連コメOK"。場は、自分のブログだったり、相手のブログだったりするが、相手のブログが"連コメNG"文化圏にあっても、自分のスタイルを貫く。「粘着」と認定されても、こだわらない。たくさん書く。というより、たくさんにしないといられない、ように見える。

 同じ記事に、何度も、似たような内容のコメをつける。たとえば、Aという意見を出す。誰かに、Bと反論される、それに対してまた「ほとんどA」な内容で反論にする。ブログ主が、Bが読み取れなかったのかな、と、うっかりB'くらいで再反論しようものなら、また、「ほとんどA」な書き込みがある。これを無限ループという。

 あとは、相手の言葉を鸚鵡返しにする。コピペ+マイナーチェンジで、自分のレスとして使う。鸚鵡返しの部分が多いから、コメントの量は膨れ上がる。
 言葉のバルク剤(bulking agent)


 私は、言葉にこだわりすぎるのかもしれない。ある種のフェティシズム。病膏肓、ときどき「本当にオリジナルな言葉なんてない」ということを忘れそうになる。真の意味で「オリジナル」というのは「いまだかつてない」ということだろう。誰も聞いたことのない言葉は、通じない。

 けれど。私は、想いを言葉のカタチで外界へと出すとき、言葉が少しでも通じやすいように、並べる順番を考えながら、文章を組み立てる。最初に書いた文章を読み返し、推敲する。直接の言葉は正しいか。行間に漂った苛立ちや喜びを、丁寧に取り除くか、あえて残すか。リズムは、溌剌をめざすか。それとも、柔らかく流れさせたいか。
 そうやって練り上げた言葉をコメント欄のバルク剤(bulking agent)に使われるのがどれほど不快か、たぶん『超人バルク』には想像もつかないのだろう。


 『超人バルク』にとって、ブログの記事は、ブログを維持するレンガみたいだ。
 これまた、画像やなにやのバルク剤(bulking agent)でたっぷり増量してある。けれど、ほぼ毎日だす。 日々レンガを積まなければ城が揺らぐという想いに、とり憑かれたように。
 レンガが足りないと思ったら、他人が丹誠こめて彫り上げた彫刻に、ちまちまとした改変のバルク剤(bulking agent)でメ潰しして、積む。パクリとか、パロディとか、2次創作とか言われたって、『超人バルク』にとっては、たかがレンガなのだ。

 好意コメントは、レンガをささえるセメント。客が多いから、コメントも多い。相手の名前をちゃんといれて、1つ1つ応える。たくさんあっても、応える。

 でもって、反論コメントは、弾幕に近いのではないかと思う。自分の意見と、違う意見が書かれる。そうすると「批判」だと思う。意見への反対ではなく、自分の人格への攻撃のように思う。いじめっ子が、ひ弱な子供に投げる石礫のように思う。
 石礫に、弾幕で応える。反論する自分の言葉が数行しかないと、たぶん、
「弾幕薄いよっ、なにやってんの!」
って思うのだ(<作品、違)。自分自身から絞りだした言葉の上に、バルク剤(bulking agent)をぶちこみ、撒き散らす。


 私は根本的に、議論が好きだ。自分がいま興味をもっていることに対して、他の方から違う意見がくる。自分のベースと異なる、他者の意見を、理解するまでにちょっとトキメク。次に、自分の仮説が、他人の反論に耐える質をもっているかどうか。他人の反論に耐えるまで、磨き上げることができるかどうか。その段階で、もう1回くらい、トキメいたりする。「いい議論」をしたいと望む。

 『超人バルク』は、たくさん書いて、たくさん議論に参加するから、議論好きなのかと思われがちなのだけれど。『超人バルク』にとって大事なのは、いい議論をすることなんかじゃない。
場をバルク剤(bulking agent)まみれにしても、逃げず、降りず、最後までその場に留まること。
 自身が負けを認めなければ、それが、彼にとっては勝利なのだろう。

 
“言葉を愛する”者、自らの文章を練り、他者の作品を敬する者と、彼は、ベースが違いすぎる、距離感が遠すぎる。その距離にかけようとする橋さえ、彼には石の礫の群れにしか見えない。そう感じてしまう私は……、怠惰なのでしょうか?

昼休みに書いて、もうちょっと練る予定でしたが、、、4行足して緊急アップ(滝汗)

 ■ ■ ■

 ここんとこ、ディックだったりヴォネガットだったりレムだったりララァだったりするわけですが。今日は、ハルク。
 こんなワタシですみません。