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ネットの魔法、会う魔法

 出不精の私が珍しく遠出をするというので。来るなら会おう、と、言ってくださった方の都合が丁度あったのが大阪でした。きむろみ氏は大阪の方ではありません。たまたま家族旅行でUSJにいらして、その途中で時間をとってくださいました。児島の仙人氏(仙人氏)、ももんが氏は数時間かけて、大阪に集結してくださいました。私も大阪では宿泊してません。この「集結オフ」のための途中下車でした。
 そして当日、私が現地に到着したところで、
「じつは、スペシャルゲストがいらっしゃいます」
 と仙人氏が切り出されました。この時点で、OYAJI氏の名前は頭をよぎったものの、まさか、というのが本音でした。
「え?」
 どんな表情をしていたかは自分ではわかりません。
「大阪といえば、決まっているじゃありませんか」
 仙人氏の一言が、私の「まさか」を吹き飛ばしました。
「え、えっー!」

 仙人氏の記事で明かされているように、これより少し前、仙人氏が謝罪し、OYAJI氏に受け入れていただけなかった、ということがあったのは、私も知っていました。
 もともと、「善意の転載」論戦での流入勢のなかで、初心者ヘルパーとしてのOYAJI氏に対し、もっとも高く評価していたのは、(私の知る限り)仙人氏です。それが、「ショットバー転載」で、もっとも激しい対立に至っていたわけです。
 「ショットバー転載」の件を、仙人氏は「終わったもの」と思っていらした。OYAJI氏にとっては、終わっていなかった。それが判明して、仙人氏が私信で謝罪なさってOYAJI氏に拒絶されたとき、これはもう無理なのだと、私はとっとと諦めていました。

 それが。

 仙人氏がOYAJI氏をオフにご招待したという、OYAJI氏はいらっしゃるという。表だって論戦に加わることの少ないももんが氏はともかくとして、仙人氏、きむろみ氏、阿檀、という、それなりに経緯のあるメンバーの中に、足を運んでくださるというのです。

 数分後。
 仙人氏の携帯が鳴り、落ち合う場所が決まりました。そこに立っていらしたのは、温和な雰囲気の男性でした。静かに会話ができる場所を探して、文字どおり走りまわってくださる背中を見ながら、だったでしょうか。
「イメージどおりなんですよね」
 いままで論戦をおおかたウォッチしていらしたももんが氏が、そう、おっしゃったのは。
 数日前にネットでもつイメージには巾がある、と書きましたが、私にとってはその巾のなかにはあるのだけれど、どまんなかではなかった。同じ論戦を見ていても、ももんが氏には「どまんなか」だったらしいのです。
「それって、阿狐めには人を見る目がないつうことですね」

 腰を落ち着けてからの、話の中身については、OYAJI氏の記事をご参照ください。

 一つだけ、私の記事で書いておきたいと思います。
 いままで、仙人氏には私信ではお伝えしていたのですが、表だって書く機会がありませんでした。
 私がショットバー転載を支持したために、仙人氏は削除のタイミングを逸していたのではないか? 私が余計なことをしなければ、しこりはここまで長く残らなかったのでないか?
 OYAJI氏には、お会いした折りに謝意をお伝えしたのですが、あらためて、ここに書かせていただきます。悪意ではなかったのですが、結果として申し訳ないことをしたと思っています。

 この数日、OYAJI氏、仙人氏と記事があがるなか、仙人氏が一度、
「ここはOYAJIさんのメンツを立てるところだと思う」
とおっしゃったことがあります。評価、対立、和解と、変化の末にたどりついたこの局面で、仙人氏にとってこのエニシはその価値があるということなのだと思います。

 人にとっての他人の価値。他人を知る場としてのネットの価値。そんなことへの思いが深まったのは、やはり、実際にお会いした影響が大きかった。ネットの魔法、と前に書きましたが、会う魔法というのもある。そう実感したこの数日でした。

〔追記〕
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写真といふもの

《Yahoo!》ブログの転載機能仕様変更により、残務処理モードに入っている阿檀です。

某所、写真転載関連で、ひとつだけ、残った疑問があるのです。

私は、
1.本人が自ブログに「当ブログの記事は転載可」と書き、
2.本人が「転載可」に設定した記事
であれば、転載は可能なのだろうと思った。

あえて付け加えるなら、これで未加工写真であれば、
「本人がいいと言ったとしても、(カワイソウだから)、WEBの怖さをご存知の方としては、転載しないでおいてはどうでしょう」
と言うたかもしれませんが、目にモザイクがかかっていたし、OKだと思ったわけです。
つまり、「個人情報」としての問題をクリアすればOKである、と。

写真であることそのものにはあまりこだわらなかった。
ところが、他の方からは、「写真だからダメ」という反応がけっこうあった……、ように思う。

牛男氏、トンコ氏あたりの反応は、
「不快だということ」
はよく判ったのですが、
「なぜ、そんなにも不快なのか」
ということが「実感として」いまひとつ判らなかったんす。

jemini氏は、わからんちんな阿檀に、いっしょけんめ説明をしようとしてださいました。
写真というモノは「自分の姿の投影」であって、見る人にも強いインパクトを与えます。いくら自らが過去に掲載した写真であっても、人様に勝手に使われるのは抵抗があると考えるのが当然ですし、法的、規約的に問題が無くとも配慮すべきものだと思います。


それって、、
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1枚の写真の話をしよう。

 1枚の写真の話をしよう。

 その写真は、1件のショットバーの、閉店の夜に撮られたものだという。
 バー、という言葉に何処かブラウンの色調が似合うのは、バーボンのあの琥珀の色あいからの連想だろうか。その写真も、どこか全体にブラウンの暖色を帯びていた。カクテルに使われるものでもあるのか、彩々に並んだ酒瓶が、良い背景画となっている。
 真ん中に撮影されているのは、男性と女性だ。
「ほら、そこ、寄って寄って」
「はい、チーズ!」
 そんな掛け声が聞こえてきそうな。かといって、馴れ馴れしく肩を抱くでもなく、ボディタッチがあるわけでもなく。
 ブログに掲載されていたその写真には、ネットで公開するのに差支えがない程度に目元にモザイクがかかり、けれど、口元は、笑った表情がよくわかるよう残されている。女性のほうははしゃぎぎみの笑顔で、男性のほうは髭のある口元にかすかな微笑を浮かべて、1つの店の終わりの夜を惜しむ、二人の人物の写真だった。

 私がその写真を見たのは、児島の仙人氏の転載記事である。最初にこの記事を見たときには、現在、大きな文字の画像が出ている場所に嵌め込まれていた。

 ■

 私はそれまで、OYAJI氏の人となりが掴めないことに、多少の焦りを感じていた。

 私は、ペンネームやハンドルを決めるときには、ある程度、自分らしさが出るようにする。サイトやブログを作るときも、閲覧者に自分らしさが少しでも伝わることに留意する。たとえば、ここの歴代デザインも、NAZCA+02さんのEggStationさんの針金細工、そして現在の阿檀(植物)の写真を写真を撮った方に了解いただいて加工したもの、と、変遷してきているが、すくなくとも、「可愛らしい手弱女」であるという誤解だけは避けるようにしてきたつもりである。(私がそれをやったら、詐欺罪に該当する???・滝汗)

 ところが、OYAJI氏のブログに関して。

 ハンドルと、グレイ系の色で作られたTopicPickerの横バナーだけなら、非常によくわかる。横バナーに付された男性の横顔の絵と、アバターの顔部分は、よく似ている。
 しかし……、ピンク系のキティのテンプレートと、熊耳のアバター衣装に至って、私は混乱していた。それはハンドルや横バナーの“男性的”なイメージとは、全く相反するものだ。

「あの方のセルフイメージが掴めないんです」

 私が漏らしたのを、仙人氏は、ご存知だった。
 正直にいえば、私はピンクのテンプレートと熊耳にひっぱられすぎて、“OYAJI”というハンドルの陰にいるのが女性である可能性までも想定の範囲に含めていた。ネットでは色々なことがある。女性であるが故にネットストーカーまがいの被害にあって、男性ハンドルを使いだした例も、同性のネット友達ができて一部の相手だけにカミングアウトしたために色々な面で中途半端になった例も、見てきていた。

 だから、写真を見たとき……、なんと言ったらいいだろうか。最初に来たのは、「安堵」だった。写真は、(この絵をどなたがお描きになったのか知らないが)横バナーの似顔絵にもよく似ていたし、元記事のコメントにもあったとおりアバターにもよく似ていた。ああ、ネットの向こう側に、ほんとうにこの方がいるのだ。本当に男性で、これくらいの年格好で、カメラを向けられたときにこういう微笑い方をする方だ、と。

 「転載元」は(よくあるという表示漏れバグもなくて)きちんと表示されていたので、コメント欄は見ていた。仙人氏が転載希望を書き込みしていらっしゃらないことは確認していた。酒に酔った話を選んできて転載するのは、転載機能擁護派であるOYAJI氏に対して、いささかブラックジョークだとは思ったが。せいぜい、その程度だった。

 ■

 けれど翌日。写真は、まったく別の画像に差し替えられていた。(差し替え後しかご存知ないかたもあるようだ

 それも衝撃的だったが、もう一つ私が焦ったのは、転載をした仙人氏に、第三者の非難が集中していたことだ。

 私は“大きな”問題を感じなかった。他の方は、問題視なさった。そのズレはどこで生じたのか。

 一つは、転載機能に関する解釈であろう。

 私は著作権のプロではないが、それでもそれなりに勉強をした者として、「転載可指定は転載許諾」という解釈にそれなりの自信をもっていた。
 たしかに、コメント欄で、OYAJI氏が違う意見をお持ちであることは知っていたが。

著作権者は「複製する権利を専有」と同時に「許諾を取り消す権利」も同時に持っている

2006-12-03 01:35

……そんな権利を認めたら「小説家が小説を出版社に売る」というごく当たり前の経済活動さえオカシクなる、ということは、ご説明をし、それなりにご理解をいただいたつもりでいた。
 なんの“添え書き”もなく、「転載可能」で記事をアップした場合、「勝手に利用された」=著作権違反とは「言えない」ともご説明していた。

 もう一つは、上記の記事につけられた、OYAJI氏のコメントを読んでいたことだ。

私自身は明確な“添え書き”を全ての記事の中に行なっております。許諾条件をハッキリと明示して、それを守ってもらうように要請しています。ただ、おそらくそれすら読んでいないユーザーは多く存在するでしょうけどもそういう相手に対して「黙示の許諾」をしているだけです。

2006-12-03 21:22



 ちなみに。転載された記事には、「(c)OYAJI」という著作権表示があり、ブログトップ(http://blogs.yahoo.co.jp/uragoe_2ch)にリンクされている。TOPには「転載は転載元がマナーです」という表示があり、さらに『超簡単!!記事の転載方法♪』という記事へリンクし、こう書かれている。

「普通の意見提案の記事などは、自己責任でルールを守った上でなら転載可です。解説記事であっても、転載機能をよく理解した上で記事の掲載責任を充分に負える人は構いません。」


 その後、OYAJI氏は、ガイドラインを引用していらっしゃる。

「もし、ご自分の知的財産権が侵害されているブログを発見した場合は、まずブログ開設者と連絡をとって、削除していただくように依頼しましょう。ブログ開設者は、もしもそのような連絡を受けた場合には、当事者間で誠実に話し合って、適切な対処を行ってください」



「明確な“添え書き”を全ての記事の中に行なって」いらっしゃるのではなかったのか。「普通の記事は転載可」が方針ではないのか。百歩譲って、OYAJI氏の著作権解釈を認めたとしても。ガイドラインには「まず、削除依頼」とあるのではないのか。

 しかし。OYAJI氏が"まず"なさったのは、仙人氏への削除依頼ではなく、禁じ手ともいえる画像の差し替えだった。

 ■

 ところで。最近になって、OYAJI氏ブログのコメント欄を読み返していて、面白いものを発見した。

[児島の仙人氏] よ~~く考えて判断します♪「私個人の解釈」では、転載機能を有効にしてある記事を私のブログに「転載」することは、著作権法にもガイドラインにも「何ら抵触することがない」と判断いたしますので、私の「自己責任」のもとで、記事を「転載」させていただきます。あなたの「個人の解釈」は、到底一般に受け入れられるものではないでしょう。2006/12/14(木) 午前 9:34

[OYAJI氏] sen_nin_kiyamaさん : はい、よ~~く考えて判断して下さいね。Yahooブログの解釈はYahooブログが利用規約とガイドラインに基づいて判断するものですから、その点をご理解くださいね。2006/12/14(木) 午前 10:46

[児島の仙人氏] はい、利用規約とガイドラインに基づいて判断しましたが、何ら問題ないと思います。 2006/12/14(木) 午前 11:13


 実際の転載(12/24)が行われる、10日ほど前の宣戦布告???

 ■

 あ、ついでですみません>OYAJIさん

『もう一度、転載について(8)』(上記コメントの元記事)の著作権解釈。あれ、無理だと思います。著作権とガイドラインの解釈については、異見がないわけではないというのはお伝えしてあった(2006/12/14(木) 午前 11:47)のですが、あのときはまだ「戦線を拡大しないで」というRhap氏の依頼に応えてそれ以上の言及を避けていました。だいぶ、関連記事の新規アップも減ってきたし、そろそろよいでしょう。

次に、一次・二次を問わず、許可を取ってない場合の公開での転載は、転載元ブログ記事のタイトルとハイパーリンクが右下に付く事になってますが、厳密に言えば、その時点で「同一性保持権」が侵害された記事が公開される事になります。
転載元表示が不具合で消失する場合もありますし、二次以降の転載は別のブログタイトルになります。

『もう一度、転載について(8)』



トンコ氏FD氏も、著作人格権のなかで、氏名表示権を問題とし、同一性保持権についてはとくに言及がないが、これには理由がある。

(氏名表示権)
第十九条  著作者は、その著作物の原作品に、又はその著作物の公衆への提供若しくは提示に際し、その実名若しくは変名を著作者名として表示し、又は著作者名を表示しないこととする権利を有する。その著作物を原著作物とする二次的著作物の公衆への提供又は提示に際しての原著作物の著作者名の表示についても、同様とする。
2  著作物を利用する者は、その著作者の別段の意思表示がない限り、その著作物につきすでに著作者が表示しているところに従つて著作者名を表示することができる。
3  著作者名の表示は、著作物の利用の目的及び態様に照らし著作者が創作者であることを主張する利益を害するおそれがないと認められるときは、公正な慣行に反しない限り、省略することができる。
4   (省略)

(同一性保持権)
第二十条  著作者は、その著作物及びその題号の同一性を保持する権利を有し、その意に反してこれらの変更、切除その他の改変を受けないものとする。
2  (省略)

著作権法(強調と省略は引用者による)

 氏名表示権には、「その意に反して」に該当する部分がない。これにより、「本人が了解しているから他人名義で発表」が許されない。たとえば、著作者の名義になる有名作家と、金をもらって書くゴーストライターが両方とも了解していても許されない。
 しかし、同一性保持権は、本人が「変更」を了解したら、変更していいのである。
 「転載可能」のラジオボタンを選んだままで記事を掲載することが「転載許諾」を意味する、という解釈においては、「転載元」の表示がかわることも、「了解」したものと見做される。OYAJI氏の著作権解釈は、この解釈(「転載可能=許諾」)を崩すには至っていないと思う。

 なお、自ブログに(C)表示や作成元表示を入れていらっしゃる記事に関しては、、トンコ氏FD氏がおっしゃる「2次転載以降、「氏名表示権」による著作権違反」という解釈も、かかってこない。

 ■

 児島の仙人氏ブログの転載記事に話は戻るが。

 転載を望まない記事なら、転載不可に設定すべきだったのだ。OYAJI氏は何をもって「仙人氏に非がある」とのみ主張をなさるのか。OYAJI氏に賛意を示した方々は、どこまで周辺状況をご承知だったのか。
 もし、仙人氏に非があるとしたら、「転載可能は転載許諾」という解釈を自ブログで書いた文責、写真の記事を見てなんのコメントもしなかった看過に対する責任が、私にもある。まして、転載の対象としてこの記事を選ばれたことと、私の失言が関係あるとしたら、その責の5割までは負いきれないが、3割は私が負うべきだろう。

 ■

 この記事は、写真差し替えの直後に書きかけたまま、いくつかの懸案事項を優先し、しばらく非公開指定にしてあった。それが完了してもまだ解決していないようであれば続きを書こうと思っていたが、今日、《Y!》の自ブログのコメント欄でいまだ言及があったため、記事として完成してアップした次第である。

 ■

《eXcite》のトラバ機能、最近、送られないケースが多いんですが。
とりあえず、制限の3本。
http://blogs.yahoo.co.jp/sen_nin_kiyama/trackback/21753/43285110
http://blogs.yahoo.co.jp/uragoe_2ch/trackback/1336549/42938410
http://blogs.yahoo.co.jp/kanakana_ceo/trackback/118812/1330763
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ブログより大切なもの-II

 大変、お見苦しいことを承知の上で。本記事は、OYAJI氏への抗議記事となります。個人攻撃もありますので、不快なものが嫌いな方は御覧にならないことをお勧めします。

続きを読む
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Winny判決文でないのかorz

知的財産裁判例集が更新されていたのですが、Winnyが判例検索にかかりません。

え?と思って、WEBで再検索。そうしたら、こんなものが。
念のため、刑事裁判は判決書は即日交付されない。欲しいという要請は山ほどあるがお渡しできないのでる。あしからず。

壇弁護士の事務室


知らなかったです。著作権だからてっきり知財裁判DBに出ると思って待ってた。。。。
もう待つ理由がないので、そろそろ「本丸へのメール」にかかります。
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絶望から始めよう

 私が《FC2》でリリースした最初の共有テンプレート“cateleon”は、たしかに、トンデモないテンプレートではあった。ある機能が追加でついているのだが、リンクの相互関係が正常に機能するためには、「1ページの表示数」を1にする必要があったのだ。

 だが。実際に設置してくださったユーザーのブログを拝見すると。
 注意書きどおり設定されていないブログのなんと多かったことか!!
 私は、コメントに「表示数を変えるか、テンプレートを変えるか、どちらかのご対応を」を書いて引き上げ、しばらくして、共有テンプレートからこのテンプレートを削除してしまった。

 初めてのテンプレートだったし、スクリプトも手さぐりだった。たぶん、作りなれた方から見れば、とてつもない時間を注ぎ込んだシロモノだった。それが(私の知る限りたった2名の例外を除いて)使い物にならなかったという精神的ダメージは、大きかった。このときに、ブログというシステムは、「注意書きを読まないとダメではダメなのだということを思い知った。

 私が現在「注意書きを読まないと使い物にならない」《Y!ブログ》転送機能に関して「ダメ」=撤去提案の方向性で考えているのは、おそらくこれが原体験になっている。

 この後も、やれユーザーフォーラムの注意書きを読んでもらえない、なんとかもだめ、かんとかもだめ、と、立て続けに似たような経験をしたが。他の初心者ヘルプ・ボランティアに比べると、自分の「平然度」が高いのを感じた。

 要するに。最初に絶望しちゃったほうが、楽なのだ。

 ベースが異なる相手と、最初から意志疎通を期待すれば、裏切られたときに苦しい。
 ならばいっそ、絶望から始めよう。
 注意書きは読まれないし、言葉は通じない。
 人の気持ちなんて、届かない。
 その前提でいれば。

 言葉が、想いが、通じた瞬間、新鮮な喜びを味わうことができるのだから。


FD氏、『異文化交流は、本当に大変です・・・。』にトラバ、ミ^。^彡っ
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『夜』の思い出

 ン十年前の話になると思うのだが。
『男たちの夜かな』という週イチのラジオ番組があった。スポンサーが降りてしまい、DJである広川太一郎氏が自費で放送枠を買っているという、妙な番組だった。

 そこに、「自殺します」という葉書が投稿された。番組で読み上げられた葉書の内容は忘れたが、内容からか、文体からか、中学生か高校生という印象を記憶している。
 広川氏は、放送時間をかなり割いて、「とにかく死ぬな、俺も○ちゃんも君のことを心配している」という呼びかけをした。(○:番組アシスタント、名前忘れました)

 翌週。
 「死ぬ気はなかった。いたずらでした。心配かけて、すみません」
という詫びの趣旨の葉書が来た、と、広川氏から報告があった。

 そのときの広川氏の話の内容は、昔の話なのでうろ覚えだし、もしかしたら記憶違いもあるかもしれないけれど。
「いたずらかもしれない、という可能性は考えていた」
「でも、“自殺します、という葉書をイタズラで投書する”という精神状態と、“自殺する”精神状態は、けっして遠くない」
「だから、まず、“君のことを心配している”、と、伝えることを、最優先にすることにした」
「イタズラにひっかかりやがって、とバカにされるとしても、そんなことは俺はかまわない」
そんなことを言ったあとで。
「むろん、こんなのは偽善だ。でも、偽善であっても善は善。悪より、はるかにマシなものなんだ」
と、付け加えた。

 善のいかがわしさに、自覚的であること。偽善の恥を知ること。両方を引き受けて、怯(ひる)まないこと。
 私は当時一人のコドモとして、一人の大人の所行に、そんなものを感じとった。

 結局。2回分の放送について、いつものコーナーは中止になり、他の話題の投稿ハガキの読み上げなどはその次以降の週にもちこされた。広川氏は、放送内容の変更に関して、「他の投稿者と協力してくれたスタッフへの謝罪と感謝」で話題をしめくくった。

 当時の広川氏が、偽善の汚名は我が身に引きうける覚悟をもつ一方で、名誉の部分はスタッフと共有しようとした、……とまで今書いてしまうのは、長い時を経た美化もあるかもしれないが。

 ただ、これまで何度か、「偽善であっても善は善」という言葉が、私の背中を押してくれる局面があったのは、私自身にとって、主観的事実というヤツなのだ。……もちろん、行為の方法を練ることや、“安易”に陥らないことの必要性は、別の課題として存在するのだけれど。

 □ □ □

 この記事は、実は11/16に8割がた書いて、非公開にしてあった。

 なぜ書いたか。なぜ非公開にしたか。なぜ、いまこの記事にトラバするか。ご想像にお任せする。
 速攻でレスをいただく種類のものでもない。ただの読み物であって、「悪」の一語の関連仲間文化圏的TBであると解釈いただいても、それもまたよし。それを理由にTBをお切りになるとしても、いっさい不服は申し上げない。
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re:阿檀さんっていったい誰なんですか?

阿檀さんっていったい誰なんですか?」……うわぁ。。#2373にレスって、URL入れ忘れてるっ>自分

くっぱさん、こっちを御覧になるかなぁ。
さすがにこの上、ekkenさんのコメ欄で自己紹介を始める根性はないですwww

もし御覧になったら、こんにちは~^^
自己紹介が遅れました、阿檀とか麻生(阿檀)とかAdankadanとか言う者です。
(「阿檀さんはGoogle検索で上から3つ目か4つ目にヒットするブログなどを見てもらえば判りますよ」の件はたぶん、Googleで「阿檀」を検索いただいたという話と思われます)

初心者ヘルプボランティアしとりますって話は、なぜか、児島の仙人さんとこあたりに。

『Yahoo転載機能』参戦関連は、ここの該当タグに。(いつのまにやら、ちょっとリキ入りすぎww)
マジメに書いてるのは、
ヤフブロの常識は、日本の非常識
「転載可能」が奪うもの
コンプライアンスの時代にあって~敵は本丸《Y!B》にあり♪
てんさい よりも もっといい…サブサイトはいかが?(《Y!ブロガー》宛)
くらいかと。

著作権がらみってことで別に挙げるとしたら、『《FC2》共有テンプレートにおける著作権』とか。

あとはWEBで小説書いてますww


#2340へ飛び込んだことについては、rhapsodyenbleu氏をはじめ、O氏と同じ《Y!ブログ》の中にいて、今までイキサツのある方たちからさえ、『追い詰めすぎだ』という声があるの知ってしまった(他ブログ流入参戦組に関して、もっと辛辣なコメントがある場所もあるのだが、辛辣すぎてリンクが貼れません^^;)、ということに、尽き、、、たのですが。16日(土曜)夜にhttp://blogs.yahoo.co.jp/uragoe_2ch/42994336.htmlのコメント欄に“参戦”してしまったことで、'何をかいわんや'でして^^;
 :
 :
 :
とか、自己紹介するより、「aso2.exblog.jp の新着ブックマーク」のほうがトオリがよいです??
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地下に潜ろうと思いましたが[壁]......ミ^。^彡

阿檀的には、地下に潜って、がっつり共同戦線を張ろうぜ!とか思ってたりしたわけですが。
「お互いを縛りあうのはやめよう」という非常に誠実なメッセージをある方からいただきまして。そうだなぁ、と思いました^^

というわけで、地下プロジェクトは、ナシになりました。てへ。

それなり難題に取り組んでいるので。それぞれのメンバーが、矢継ぎ早に記事をアップするより、自分自身の「思索の地下」に潜ることはあると思います。そんな感じで^^
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女狐を嗤(わら)え

ひとさまのブログのコメント欄で、記事と無関係なことを言うたことへの、自己レスでございます。↓これ

OYAJIさん
今、申し上げたいことは、1つです。
そろそろ、この論争に終止符をお打ちになりませんか?
>イジメ問題記事を書こうとする私の時間を奪い、
なさりたいことが見えていらっしゃるなら、それにお戻りになるのがいいのではないでしょうか。

ekkenさん
このことを持ち出すのに、この場所をお借りするのは、褒められたことではないのは判っているのですが。このタイミングで書きたかったので、あえて書かせていただきました。お許しください。

(コメント欄自己引用)


著作権とガイドラインの解釈については、異見がないわけではないのですが、転載の危険を感じたら自分で記事を書こう、ということを改めて取り上げていただいたことには感謝を。ekkenさんのコメ欄でも書いたとおり、とりあえず、議論戦を一段落させる方向になればいいなと思っております。

(こちらは、記事内容と絡んだコメントなので、お詫びはせんです)


「なにそれ。一人でいい子になるか。あの著作権やガイドラインの解釈に賛成もしていないくせに、ここで沈黙する気?」
「O氏と同じ《Y!ブログ》の中にいて、今までイキサツのある方たちから、『追い詰めすぎだ』って声があるの知ったら、追撃には加われない」
「そもそもさ、『あなた自身がYahooブログを作成して~』、『Yahoo!に言って下さい』ってO氏の口ぐせでしょうが。真にうけてブログつくって、Yahooに言うメールの準備している。そういうの、思う壷、って言わないか」
「マジメに戦うときに相手の土俵に上がるのは、私の流儀」
「それも程度問題だよ。『悪とみなさないように優しく相手に理解と納得が出来るように伝えれば良い』ってのを、阿檀(あんた)的には『世界中に発信されている公開Web上 』に晒さないっていう解釈したんだよね? で、何度か秘コメを使ってる……。それって“WEBの共有知”を重んじる方からしたらどう見えるかしらね?」
「そんなこと言ったら、電子メールも出せないでしょう……」
「そういうのはね、『オヤサシイコッテ』と返されるんだよ……言っとくけど、皮肉よ? 案外、O氏と自分が似てるからじゃないの? O氏は1200ボーの時代から阿檀(あんた)は2400ボーの時代からパソコン通信始めて、インターネットに移行してる。たぶん似たような年齢層でしょ。あちらさまも、独身かな、子供もいない。教師でもない。だけどわりと子供好き」
「歳が近くて子供好きだけで、共通項にくくるのは乱暴」
「まだ続きがある。W3Cとかにこだわらない。初心者が『これをやりたい』って言ったら、W3Cで非推奨だからってNGだしたりせずに、とりあえず答えるタイプ」
「そっちは否定しない。でも、私は、反対する方があるものに関しては、それを伝えてるよ……、iframeでも、動く文字でも、音楽でも」
「両論併記って、初心者を混乱させない? たぶんO氏にはそういわれるよ?」
「質問を出してくるのは、中学生くらいから。話せば判るケースが多いのは、私の経験値だよ」
「ここまで見ると、O氏を『モニターの向こうにいる人』として人間扱いしてます、って言い訳たらたらなんだけど。阿檀(あなた)、O氏の記事をスクラッピングしたブログ見て、異も唱えずにしれっとコメいれてたでしょ。どっかで、事件全体をケーススタディとして見てる、個々の記事だって研究サンプルとして見てない?」
「……それは認める。私はもともと実験屋だから。どうしてもその視点からは自由になれない」
「O氏は実験動物(ラット)ってこと? 人間扱いしてないって言わない?」
「それをいうなら、私だってその実験動物の1匹。O氏の記事とその影響を統計値的に考察しようという視点で見ているときには、自分の記事もその1つにカウントしてる」

私は、私の内に私を嗤う者を飼う。こいつは下手をすると被害妄想に育つ。そのことに気をつけつつも、嗤う者と会話しながら自分の記事を読み返し、それが終るまでネットには放たない。


信念,プライド,頑固…そういう言葉で形容されることは、あの方も本望でしょうね。……けれども本来、、自分の考えを現す物を書く事と、他人の視点でそれを見なおして誤解の余地がないよう磨き上げることは、矛盾しないのですよ。後者をあまりなさらない方に見えることは、あります。[敵陣の一員より・笑](阿檀) 2006/12/7(木) 午後 5:46

(コメント欄自己引用)

1週間前に書いたこの短文が、どうも私の“結論”だったようだ。

 □

今回の“参戦”で、久しぶりに、今まで訪れたことのないブログを大量に読み、関連知識を仕入れ、存知上げなかった方と出会った。私の個人収支はどうみても黒字だ。であれば、──感謝を表明する以外に何ができるだろう。

P.S.
読み漁った“周辺”記事(今年7月だからこの事件には直接関係ない)にツンデレ族って単語があって(判る人には判りそうなので、リンクはあえて貼らない)、……すみません、“腹のそこから”笑いました。


おまけ:
女狐(正確には「女狐僧正」)は、阿檀が某オンラインゲーム内でいただいた「二つ名」ですw

rhapsodyenbleu氏にならい、この記事に関してはコメント不可としております。ご理解を。
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