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blockquote!

他ブログテンプレート板で知った、幅800の写真を貼った写真ブログさん。テンプレ改造に苦労していらっしゃる。いっそ「《eXcite》きて、“ピクチャーエイジ”で」という回答をつけようか……など極道なことを考え
 :
 :
というネタで書こうか書くまいか迷いながら、プレビュー操作していて、ふっと気づく。
リリース当初ついてなかった<blockquote>の修飾がついてる!!、“Cyber”もだー。 

私が御礼を申し上げるのも可笑しな話ではありますが、あれこれ文句つけて来た経緯上、ここで申し上げておきます。
「ありがとうございました」m(_ _)m


「メモ帳だけ裏ワザ可能」も改訂があったんじゃまいか!と、連想ゲム的に確認したのは秘密。こちらは変化なしでしたw


ブログ休止中のはずが、、、せっかく今日気づいたので^^;

※『エキサイトブログ向上委員会』へ、トラックバック。
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ひどすぎるww

コメ欄がアレがちな、『エキサイトブログ向上委員会』に、こんなコメントが。
(でも《eXcite》だけの現象ぢゃないすよ、《FC2》でも《Ameba》でも、スタッフブログのコメ欄はアレるときゃアレる^^;)
> 私の問題ページにIDを出して発言してみて下さい。
お断りします。
(中略)
そんな人のブログに、自分のブログにリンクが貼られてしまう行為を普通の考えの人がすると思いますか?
私のブログにもそんなに多くの人ではありませんが、毎日のように訪れてくれる方がいます。
コメントを頻繁に残してくれる方がいます。
そんな大切な人達のブログに荒し行為をする者が入り込めるリンクを通す。
絶対にありえません。
あのー。「ブーイングだけじゃ始まらない(2007-02-13 23:49)」さん。ワタシ、ID出して発言してみているわけですがーー?

1.ワタシが"普通の考え"の人じゃない。
2.うちの(今現在の)お客さま各位が"普通"というにはタフすぎる。(仮に、うちにコメレスが50入ろうが100入ろうが、いまさら驚くとは思えない)
どちらもありうるナ。と、ひそかに思ったワタシは、
 :
 :
ブログ(ホスト)として、ひどすぎるwww


P.S.
前記事および某別所で予告した記事は、ちょっといまココロに迷いがあるので、
もうちょっとお待ちくださいm(_'_)m
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ユーザビリティガイドライン

ヤコブ・ニールセンの考えをまとめたユーザビリティガイドライン
ユーザビリティを語るこのページ自体が、あまり読みやすくない件について。
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『超人バルク』


ISBN : B000A0D8ZY
 『超人バルク』、という言葉を思いついて、ちょっと「♪」と思ったんだけども。2秒後に、自分以外の誰にも通じないだろうってことに気づいて、凹んだ。


 そもそも、元ネタの『超人ハルク』自体が、アメコミ系ヒーローのなかでは、マイナーっぽい。

 まして、バルク剤(bulking agent)なんて某業界用語は、他の方には通じ……ないですよね?


 錠剤をつくるときに、有効成分はンmgだったりμgだったりする。これを1粒の錠剤にしたら、1錠が小さすぎて扱いにくい。
 だから、バルク剤(bulking agent)を入れて、カサを多くする。
 薬効がなくて、格好がつく(成型できる)成分を選びます。


 ブログ界の『超人バルク』は、超人的。とにかく、超人的。読み込みの深さはともかく、たくさん読む。でもって、たくさん書く。
 その努力の「量」たるや巨大(bulky)


 ブログ界には「文化圏」があると言われていて。たとえば、"無断リンク禁止"文化圏 vs "リンクは自由"文化圏とか、"言及トラックバック"文化圏 vs "関連仲間トラックバック"文化圏、なんかが、有名。

 そんな並びで、"連コメOK"文化圏 vs "連コメ(or長コメ)NG"文化圏、っていうのもあるんじゃないかと思う。
 私はもともと "連コメNG"文化圏にいた。多人数の閲覧客にまとめレスをするブログ主だけが連コメを使う、というのが、私の周辺の慣習。自分のブログ以外のコメント文字数制限があるブログでどうしても文字数をはみだしたら、「連コメすみません」と入れる。
 《eXcite》のコメント文字数制限は、半角1024。他ブログでのコメントで、これを越えたら、TBに切り替えるのが、私のもともとのスタイル。
 最近、違う文化圏(《Y!ブログ》とか)へ出入りするようになって、ちょっと、崩れてきた。

 『超人バルク』は、もちろん"連コメOK"。場は、自分のブログだったり、相手のブログだったりするが、相手のブログが"連コメNG"文化圏にあっても、自分のスタイルを貫く。「粘着」と認定されても、こだわらない。たくさん書く。というより、たくさんにしないといられない、ように見える。

 同じ記事に、何度も、似たような内容のコメをつける。たとえば、Aという意見を出す。誰かに、Bと反論される、それに対してまた「ほとんどA」な内容で反論にする。ブログ主が、Bが読み取れなかったのかな、と、うっかりB'くらいで再反論しようものなら、また、「ほとんどA」な書き込みがある。これを無限ループという。

 あとは、相手の言葉を鸚鵡返しにする。コピペ+マイナーチェンジで、自分のレスとして使う。鸚鵡返しの部分が多いから、コメントの量は膨れ上がる。
 言葉のバルク剤(bulking agent)


 私は、言葉にこだわりすぎるのかもしれない。ある種のフェティシズム。病膏肓、ときどき「本当にオリジナルな言葉なんてない」ということを忘れそうになる。真の意味で「オリジナル」というのは「いまだかつてない」ということだろう。誰も聞いたことのない言葉は、通じない。

 けれど。私は、想いを言葉のカタチで外界へと出すとき、言葉が少しでも通じやすいように、並べる順番を考えながら、文章を組み立てる。最初に書いた文章を読み返し、推敲する。直接の言葉は正しいか。行間に漂った苛立ちや喜びを、丁寧に取り除くか、あえて残すか。リズムは、溌剌をめざすか。それとも、柔らかく流れさせたいか。
 そうやって練り上げた言葉をコメント欄のバルク剤(bulking agent)に使われるのがどれほど不快か、たぶん『超人バルク』には想像もつかないのだろう。


 『超人バルク』にとって、ブログの記事は、ブログを維持するレンガみたいだ。
 これまた、画像やなにやのバルク剤(bulking agent)でたっぷり増量してある。けれど、ほぼ毎日だす。 日々レンガを積まなければ城が揺らぐという想いに、とり憑かれたように。
 レンガが足りないと思ったら、他人が丹誠こめて彫り上げた彫刻に、ちまちまとした改変のバルク剤(bulking agent)でメ潰しして、積む。パクリとか、パロディとか、2次創作とか言われたって、『超人バルク』にとっては、たかがレンガなのだ。

 好意コメントは、レンガをささえるセメント。客が多いから、コメントも多い。相手の名前をちゃんといれて、1つ1つ応える。たくさんあっても、応える。

 でもって、反論コメントは、弾幕に近いのではないかと思う。自分の意見と、違う意見が書かれる。そうすると「批判」だと思う。意見への反対ではなく、自分の人格への攻撃のように思う。いじめっ子が、ひ弱な子供に投げる石礫のように思う。
 石礫に、弾幕で応える。反論する自分の言葉が数行しかないと、たぶん、
「弾幕薄いよっ、なにやってんの!」
って思うのだ(<作品、違)。自分自身から絞りだした言葉の上に、バルク剤(bulking agent)をぶちこみ、撒き散らす。


 私は根本的に、議論が好きだ。自分がいま興味をもっていることに対して、他の方から違う意見がくる。自分のベースと異なる、他者の意見を、理解するまでにちょっとトキメク。次に、自分の仮説が、他人の反論に耐える質をもっているかどうか。他人の反論に耐えるまで、磨き上げることができるかどうか。その段階で、もう1回くらい、トキメいたりする。「いい議論」をしたいと望む。

 『超人バルク』は、たくさん書いて、たくさん議論に参加するから、議論好きなのかと思われがちなのだけれど。『超人バルク』にとって大事なのは、いい議論をすることなんかじゃない。
場をバルク剤(bulking agent)まみれにしても、逃げず、降りず、最後までその場に留まること。
 自身が負けを認めなければ、それが、彼にとっては勝利なのだろう。

 
“言葉を愛する”者、自らの文章を練り、他者の作品を敬する者と、彼は、ベースが違いすぎる、距離感が遠すぎる。その距離にかけようとする橋さえ、彼には石の礫の群れにしか見えない。そう感じてしまう私は……、怠惰なのでしょうか?

昼休みに書いて、もうちょっと練る予定でしたが、、、4行足して緊急アップ(滝汗)

 ■ ■ ■

 ここんとこ、ディックだったりヴォネガットだったりレムだったりララァだったりするわけですが。今日は、ハルク。
 こんなワタシですみません。
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尻尾的なお詫び

あるひ 突然 尻尾が生えたら なんとなく 困る

ぱたぱた振ってみたり だらんとしてみたり
力 はいりすぎて くりりんと巻き上がったり
どこかに 繋がっているような でも 繋がるためじゃないような
自分の みたいな 違う みたいな

なにより いままでずっと 尻尾なしでやってきたせいだろうな
なんとなく 困っている自分に 気がついた


あたしにとって そんな感じなのです、
はてなブックマークは。

ブログは、誰かと繋がるための手か、ここに立っているための足です。
手や足はいるけれど、尻尾はどうもいらないみたい。


いまの(てんさいかんれん)が一段落したら ブクマは隠してしまう予定です、

どなただかわからないのだけど
「お気に入り」しててくださった3人の方
そのうち見えなくなりますので 今のうちに謝っておきます
ごめんなさい

たぶん、転載騒動を離れたら、その方たちにとっても、要らないと思いますが>うちのブクマ


[激しく無関係]別のところで別の尻尾を発見。
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責任を求めるのがおかしい、と、言い放った貴方へ

インターネット上の「情報」に責任を求めるのがおかしいのです。その情報を選択するのは「選択した本人」なのです。ネット上にはウソの情報や、間違った情報もたくさんあります。どれを選んで利用するかは「利用者側の責任」です。

2007/1/15(月) 午前 0:56

たしかに、ネット上の情報を“利用”する側は、それが信頼できる情報かどうか、確認する必要がある。

が。発信する側として、それに甘えてよいのか。

発信する側は、できるかぎり正確な情報が、できるかぎり意図に近いニュアンスで届くように、できるかぎり努力し。
受信する側は、その根拠を含めて、厳しく吟味する。


発する側と受ける側が「正確」を求めて両側から手を差し伸べて、ようやく、なんとか使い物になる情報となる。それが私の実感だ。

医学系のページを作る、その興味を持つための最初のきっかけは、他の方の発信した情報であったかもしれない。でも、1行を書くために、何時間も検索をし、ようやく見つけた時のこの高揚はもう誰のためでもない、私自身の喜びだ。この喜びを大切にしようと思う。

そして……、幸いなことに。私はその責任と喜びを受け止める、多くの発信者を知っている。

文責を、求める発信者と放棄する発信者がいるとしたら、放棄する側は見劣りがしても仕方ない。……それくらいは、お許しくださいね。


追記:あの場では引用発言は私以外の方の発信した情報に関して行なわれたためあえて反論しませんでしたが、上記のことは私にとってどうしても揺るがせにできません。会話としては遅ればせを承知で、あえて書かせていただきました。
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グレイを求めて、白い石を置く ~ トンコ氏への私信

 コメント欄に『「ショットバー転載」問題について』のURLのお知らせをいただきまして、ありがとうございます。相変わらず、トラックバックが不調のようで。《eXcite》が悪いのか、(《eXcite》が主張するとおり)スパムによる過負荷による不具合なのかは、判らないのだけれど。こちらから《Y!》へのトラバもなかなか通りません。

 お書きになった記事のなかに、小さな、けれど意味のある相違点を感じました。
この記事は例の「ショットバー転載」自体には問題を感じなかった、むしろ写真によってOYAJIさんの性別・年恰好が分って安堵したということが述べられ、

強調は引用者

私は“大きな”問題を感じなかった。

元記事、強調は今回付与

 “大きな”問題を感じないことと、“何も”問題を感じないことは別のことです。

  □ □

 今回のことに限らず、なのですが。

 グレイだと思った場に、黒い石しか置いていなかったら、私はそこにグレイではなく、白い石を置いてしまう癖があるのだと思います。その全体を眺める人の中で、黒と白の配置が、全体としてグレイとなることを願って。

 転載記事も、トンコさんにとっては、黒だった。私はグレイだと思った。クリスマス停戦とか色んなことがあって、言いたいことを言い尽くさないでいることに、ずっと心残りがありました。
 あの場の色あいと、自分の感覚の“色差”を、読み解き書き残す行為は、私にとっては必要だったけれど、トンコさんから見れば不快でしかなかったのかもしれない。不快、の一語に落とし込むのは言い過ぎでしょうか、記事の行間に感じるいらだちをあえて表現したと思ってください。

  □ □

 ご質問を逐条的に扱うのはどうだろうと思う面もあったのですが、せっかくきちんと整理していただいたので、正面から取り組む気持ちをこめてお答えしようと思います。

(1)わたしはOYAJIさん(に限りませんが)が男であっても女であっても、年齢が10代だろうが60代だろうが気にしたことがありません。議論であれば書かれていることが全てです。なぜ実人格にこだわるのでしょう?それが理解できません。
 議論をするときに“いつも”リアル年齢や性別にこだわるか、というと、そんなことはありません。トンコさんにも年齢をお尋ねしたことはなかったと思います。
 けれど、対立“のみ”の相手は別として、議論を通して相手を理解しようとするとき、私の場合はですが、どこか共鳴のための「フック」を必要とします。それが、その人が書いた1本のアーティクルである場合もあれば、同じ本や作家を好むということである場合もあります。
 OYAJI氏の場合は、「年代」が「フック」の一つでした。さらに正確にいえば、
・近い年代に属し、
・同じ時代にパソコン通信を経験し、
・その背景をもって現在、初心者ヘルプ・ボランティアをしている
ということです。(この論争の参加者のなかでは、仙人氏/sugar氏が同じフックで繋がっています……、仙人氏はボランティアではなくプロでいらっしゃるのかもしれませんが)
 同じ本を好むことをフックに近付いた人が「実はその本は読んでない」ということになれば、共感は迷子になってしまいます。私がOYAJI氏に関して、(少なくともあの時点で)年代にこだわりをもったのはそのせいです。(OYAJI氏に関しては、別の理由でフックが切れてしまいましたが……)
(2)「周辺状況」というのが非公開のやりとりを含んでいるとしたら、当然非公開部分は当事者以外分りません。「失言」とされていることも非公開であれば知りようは無いし、そのことをもって阿檀さんが負うべき責めは無いと思います。書かれ公開されていることが全てではありませんか。
 これはきちんと区別せずに書かなかったのが申し訳ないです。トンコさん、牛男さんが「確認なさっているのだろうか」と疑問に感じたのは、OYAJI氏のブログに「転載前にコメントを」という明示がないという点、それから(これは「私が書くべき」と考えた理由にもなりますが)私のブログのコメント欄で、「明確な“添え書き”を全ての記事の中に行なっております」と明言されている点です。
(ちょっとだけ話題がそれますが、前記事にいただいた牛男さんのコメント(01-07 19:12)。「ブログというのは「世界に公開された」という面と「疑似環境で出会った人たちと交流する」という側面がある」というのは、心情としては解ります。けれど“初心者ヘルプ”としての私は、「牛男さん、“世界に公開された”という面に目を瞑ろうというのは、危なすぎます」と悲鳴を上げてしまう部分もあるのです)

 ここを読んでくださる方たちが預かり知らない場所での失言をあえて挙げたのは、仙人さんの転載の意図──意図でさえないのかもしれません、もしかしたら、転載記事を選択なさった時の“無意識”の部分への影響──を推測するためのものです。……推測でしかありません。ハズレなのかもしれませんし。無意識の領域であれば、ご本人でさえ判らないということだって、ありうるわけです。
(3)阿檀さんは転載機能撤廃、転載機能不使用を主張されているわけですが、「ショットバー転載」を最初に見たとき何故この転載も他の転載同様良くないと思わなかったのでしょうか。
(4)茶化しや罵倒が見られるくらい議論沸騰中に、議論と無関係なくつろいだ写真入りの記事を転載する(無限転載が止まらない状態にする)ことを、転載可として公開しているんだから何も問題は無いと心底から思われますか?
 他人のブログのコメント欄にバカと書くのも、賛同はできません。ブクマコメントにアホと書くのも、賛同はできません。世界には賛同できないことはたくさんあり、Webのなかにも、身近な場所にもたくさんあります。そして、この転載にトンコ氏・牛男氏・滝川クリスタル氏ほどの反発を感じなかったと表明したからといって、ではお前は自分で記事を見つけていたら、自分でも転載をしたか?、と問い直されば、答えは“No”です。
 けれど、私の《Y!》ブログには転載でいただいて来た記事が1つだけあります。「どうせ誰も転載しない」と書かれた転載可能記事を転載してくることが、「転載反対派としてどうなの!!」と詰めよられたら、私も、「ごめん、半分イタズラ^^;」と答えるしかありません。(もう半分の理由だけ、コメント欄に書いてあります)

 仙人氏の転載に私が感じた、理屈と感情。理屈…法律とか契約的な物の見方…については前稿に書いたつもりでいます。

 感情的なことは、書いていないですね。
 トンコさんに限らず、普通に見たら、仙人氏のブログは、罵倒(12/13),擁護(12/18),転載(12/24),と、目まぐるしく変化してみえたのではないでしょうか。
 これは想像でしかないのですが、この期間に、仙人氏は、OYAJI氏のブログへのファン登録で、私が知らない書庫まで読み込んでいらっしゃったのではないかと思います。私のほうは、それをする代わりに、コメント欄でいただいたヒントを頼りに、仙人氏のほうの人となりを追っかけていました(笑)
 私は、転載記事を、擁護記事(12/18)の文脈上で読んでいました。それが受け取り方の感情面での「ズレ」の一因だろうと思います。

  □ □

 前稿と今稿が、私が、グレイだと思った場に置く白い石です。

 いったん黒い石が並んでしまった場に、白い石を置くことは、本当は危険なことです。その石には、説得力がなければ、“反発”の感情が、黒をグレイにするどころか、漆黒にしてしまうでしょう。
 それを知りつつ、何もせずに諦めるということが、私はとても下手です。無言でいると賛意を示したような気がしてしまう(あの転載を見てすぐに自分が何もコメントしなかったことに関して、“看過の罪”と表現したのは、そういうことです)。
 書きたいこと/書くべきこと、あえて加えれば「自分しか書けないであろうこと」があるのに何も書かないのであれば……、ブロガーでいる価値もない、“イッソ、ヤメチマエ”と、どこかで思っているのでしょう。それは中庸を現しきれない自分の力不足への、開き直りでしかない。それも、自覚はしているのです。
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1枚の写真の話をしよう。

 1枚の写真の話をしよう。

 その写真は、1件のショットバーの、閉店の夜に撮られたものだという。
 バー、という言葉に何処かブラウンの色調が似合うのは、バーボンのあの琥珀の色あいからの連想だろうか。その写真も、どこか全体にブラウンの暖色を帯びていた。カクテルに使われるものでもあるのか、彩々に並んだ酒瓶が、良い背景画となっている。
 真ん中に撮影されているのは、男性と女性だ。
「ほら、そこ、寄って寄って」
「はい、チーズ!」
 そんな掛け声が聞こえてきそうな。かといって、馴れ馴れしく肩を抱くでもなく、ボディタッチがあるわけでもなく。
 ブログに掲載されていたその写真には、ネットで公開するのに差支えがない程度に目元にモザイクがかかり、けれど、口元は、笑った表情がよくわかるよう残されている。女性のほうははしゃぎぎみの笑顔で、男性のほうは髭のある口元にかすかな微笑を浮かべて、1つの店の終わりの夜を惜しむ、二人の人物の写真だった。

 私がその写真を見たのは、児島の仙人氏の転載記事である。最初にこの記事を見たときには、現在、大きな文字の画像が出ている場所に嵌め込まれていた。

 ■

 私はそれまで、OYAJI氏の人となりが掴めないことに、多少の焦りを感じていた。

 私は、ペンネームやハンドルを決めるときには、ある程度、自分らしさが出るようにする。サイトやブログを作るときも、閲覧者に自分らしさが少しでも伝わることに留意する。たとえば、ここの歴代デザインも、NAZCA+02さんのEggStationさんの針金細工、そして現在の阿檀(植物)の写真を写真を撮った方に了解いただいて加工したもの、と、変遷してきているが、すくなくとも、「可愛らしい手弱女」であるという誤解だけは避けるようにしてきたつもりである。(私がそれをやったら、詐欺罪に該当する???・滝汗)

 ところが、OYAJI氏のブログに関して。

 ハンドルと、グレイ系の色で作られたTopicPickerの横バナーだけなら、非常によくわかる。横バナーに付された男性の横顔の絵と、アバターの顔部分は、よく似ている。
 しかし……、ピンク系のキティのテンプレートと、熊耳のアバター衣装に至って、私は混乱していた。それはハンドルや横バナーの“男性的”なイメージとは、全く相反するものだ。

「あの方のセルフイメージが掴めないんです」

 私が漏らしたのを、仙人氏は、ご存知だった。
 正直にいえば、私はピンクのテンプレートと熊耳にひっぱられすぎて、“OYAJI”というハンドルの陰にいるのが女性である可能性までも想定の範囲に含めていた。ネットでは色々なことがある。女性であるが故にネットストーカーまがいの被害にあって、男性ハンドルを使いだした例も、同性のネット友達ができて一部の相手だけにカミングアウトしたために色々な面で中途半端になった例も、見てきていた。

 だから、写真を見たとき……、なんと言ったらいいだろうか。最初に来たのは、「安堵」だった。写真は、(この絵をどなたがお描きになったのか知らないが)横バナーの似顔絵にもよく似ていたし、元記事のコメントにもあったとおりアバターにもよく似ていた。ああ、ネットの向こう側に、ほんとうにこの方がいるのだ。本当に男性で、これくらいの年格好で、カメラを向けられたときにこういう微笑い方をする方だ、と。

 「転載元」は(よくあるという表示漏れバグもなくて)きちんと表示されていたので、コメント欄は見ていた。仙人氏が転載希望を書き込みしていらっしゃらないことは確認していた。酒に酔った話を選んできて転載するのは、転載機能擁護派であるOYAJI氏に対して、いささかブラックジョークだとは思ったが。せいぜい、その程度だった。

 ■

 けれど翌日。写真は、まったく別の画像に差し替えられていた。(差し替え後しかご存知ないかたもあるようだ

 それも衝撃的だったが、もう一つ私が焦ったのは、転載をした仙人氏に、第三者の非難が集中していたことだ。

 私は“大きな”問題を感じなかった。他の方は、問題視なさった。そのズレはどこで生じたのか。

 一つは、転載機能に関する解釈であろう。

 私は著作権のプロではないが、それでもそれなりに勉強をした者として、「転載可指定は転載許諾」という解釈にそれなりの自信をもっていた。
 たしかに、コメント欄で、OYAJI氏が違う意見をお持ちであることは知っていたが。

著作権者は「複製する権利を専有」と同時に「許諾を取り消す権利」も同時に持っている

2006-12-03 01:35

……そんな権利を認めたら「小説家が小説を出版社に売る」というごく当たり前の経済活動さえオカシクなる、ということは、ご説明をし、それなりにご理解をいただいたつもりでいた。
 なんの“添え書き”もなく、「転載可能」で記事をアップした場合、「勝手に利用された」=著作権違反とは「言えない」ともご説明していた。

 もう一つは、上記の記事につけられた、OYAJI氏のコメントを読んでいたことだ。

私自身は明確な“添え書き”を全ての記事の中に行なっております。許諾条件をハッキリと明示して、それを守ってもらうように要請しています。ただ、おそらくそれすら読んでいないユーザーは多く存在するでしょうけどもそういう相手に対して「黙示の許諾」をしているだけです。

2006-12-03 21:22



 ちなみに。転載された記事には、「(c)OYAJI」という著作権表示があり、ブログトップ(http://blogs.yahoo.co.jp/uragoe_2ch)にリンクされている。TOPには「転載は転載元がマナーです」という表示があり、さらに『超簡単!!記事の転載方法♪』という記事へリンクし、こう書かれている。

「普通の意見提案の記事などは、自己責任でルールを守った上でなら転載可です。解説記事であっても、転載機能をよく理解した上で記事の掲載責任を充分に負える人は構いません。」


 その後、OYAJI氏は、ガイドラインを引用していらっしゃる。

「もし、ご自分の知的財産権が侵害されているブログを発見した場合は、まずブログ開設者と連絡をとって、削除していただくように依頼しましょう。ブログ開設者は、もしもそのような連絡を受けた場合には、当事者間で誠実に話し合って、適切な対処を行ってください」



「明確な“添え書き”を全ての記事の中に行なって」いらっしゃるのではなかったのか。「普通の記事は転載可」が方針ではないのか。百歩譲って、OYAJI氏の著作権解釈を認めたとしても。ガイドラインには「まず、削除依頼」とあるのではないのか。

 しかし。OYAJI氏が"まず"なさったのは、仙人氏への削除依頼ではなく、禁じ手ともいえる画像の差し替えだった。

 ■

 ところで。最近になって、OYAJI氏ブログのコメント欄を読み返していて、面白いものを発見した。

[児島の仙人氏] よ~~く考えて判断します♪「私個人の解釈」では、転載機能を有効にしてある記事を私のブログに「転載」することは、著作権法にもガイドラインにも「何ら抵触することがない」と判断いたしますので、私の「自己責任」のもとで、記事を「転載」させていただきます。あなたの「個人の解釈」は、到底一般に受け入れられるものではないでしょう。2006/12/14(木) 午前 9:34

[OYAJI氏] sen_nin_kiyamaさん : はい、よ~~く考えて判断して下さいね。Yahooブログの解釈はYahooブログが利用規約とガイドラインに基づいて判断するものですから、その点をご理解くださいね。2006/12/14(木) 午前 10:46

[児島の仙人氏] はい、利用規約とガイドラインに基づいて判断しましたが、何ら問題ないと思います。 2006/12/14(木) 午前 11:13


 実際の転載(12/24)が行われる、10日ほど前の宣戦布告???

 ■

 あ、ついでですみません>OYAJIさん

『もう一度、転載について(8)』(上記コメントの元記事)の著作権解釈。あれ、無理だと思います。著作権とガイドラインの解釈については、異見がないわけではないというのはお伝えしてあった(2006/12/14(木) 午前 11:47)のですが、あのときはまだ「戦線を拡大しないで」というRhap氏の依頼に応えてそれ以上の言及を避けていました。だいぶ、関連記事の新規アップも減ってきたし、そろそろよいでしょう。

次に、一次・二次を問わず、許可を取ってない場合の公開での転載は、転載元ブログ記事のタイトルとハイパーリンクが右下に付く事になってますが、厳密に言えば、その時点で「同一性保持権」が侵害された記事が公開される事になります。
転載元表示が不具合で消失する場合もありますし、二次以降の転載は別のブログタイトルになります。

『もう一度、転載について(8)』



トンコ氏FD氏も、著作人格権のなかで、氏名表示権を問題とし、同一性保持権についてはとくに言及がないが、これには理由がある。

(氏名表示権)
第十九条  著作者は、その著作物の原作品に、又はその著作物の公衆への提供若しくは提示に際し、その実名若しくは変名を著作者名として表示し、又は著作者名を表示しないこととする権利を有する。その著作物を原著作物とする二次的著作物の公衆への提供又は提示に際しての原著作物の著作者名の表示についても、同様とする。
2  著作物を利用する者は、その著作者の別段の意思表示がない限り、その著作物につきすでに著作者が表示しているところに従つて著作者名を表示することができる。
3  著作者名の表示は、著作物の利用の目的及び態様に照らし著作者が創作者であることを主張する利益を害するおそれがないと認められるときは、公正な慣行に反しない限り、省略することができる。
4   (省略)

(同一性保持権)
第二十条  著作者は、その著作物及びその題号の同一性を保持する権利を有し、その意に反してこれらの変更、切除その他の改変を受けないものとする。
2  (省略)

著作権法(強調と省略は引用者による)

 氏名表示権には、「その意に反して」に該当する部分がない。これにより、「本人が了解しているから他人名義で発表」が許されない。たとえば、著作者の名義になる有名作家と、金をもらって書くゴーストライターが両方とも了解していても許されない。
 しかし、同一性保持権は、本人が「変更」を了解したら、変更していいのである。
 「転載可能」のラジオボタンを選んだままで記事を掲載することが「転載許諾」を意味する、という解釈においては、「転載元」の表示がかわることも、「了解」したものと見做される。OYAJI氏の著作権解釈は、この解釈(「転載可能=許諾」)を崩すには至っていないと思う。

 なお、自ブログに(C)表示や作成元表示を入れていらっしゃる記事に関しては、、トンコ氏FD氏がおっしゃる「2次転載以降、「氏名表示権」による著作権違反」という解釈も、かかってこない。

 ■

 児島の仙人氏ブログの転載記事に話は戻るが。

 転載を望まない記事なら、転載不可に設定すべきだったのだ。OYAJI氏は何をもって「仙人氏に非がある」とのみ主張をなさるのか。OYAJI氏に賛意を示した方々は、どこまで周辺状況をご承知だったのか。
 もし、仙人氏に非があるとしたら、「転載可能は転載許諾」という解釈を自ブログで書いた文責、写真の記事を見てなんのコメントもしなかった看過に対する責任が、私にもある。まして、転載の対象としてこの記事を選ばれたことと、私の失言が関係あるとしたら、その責の5割までは負いきれないが、3割は私が負うべきだろう。

 ■

 この記事は、写真差し替えの直後に書きかけたまま、いくつかの懸案事項を優先し、しばらく非公開指定にしてあった。それが完了してもまだ解決していないようであれば続きを書こうと思っていたが、今日、《Y!》の自ブログのコメント欄でいまだ言及があったため、記事として完成してアップした次第である。

 ■

《eXcite》のトラバ機能、最近、送られないケースが多いんですが。
とりあえず、制限の3本。
http://blogs.yahoo.co.jp/sen_nin_kiyama/trackback/21753/43285110
http://blogs.yahoo.co.jp/uragoe_2ch/trackback/1336549/42938410
http://blogs.yahoo.co.jp/kanakana_ceo/trackback/118812/1330763
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現状報告/to do list

鍵コメだった方も、そうでない方も。
ブログより大切なもの-IIを読んで、私の心理状態を心配してくださった方々へ。

残っていた僅かな信頼を自分のなかで見捨てるために、あの炎は私にとって必要なものでした。今は、なんだか、燃やすべきものを全て燃やし尽くしてしまい、焼け跡には冷たくて鋭いものが転がっています。

おそろしく自己中心であることを認めた上での、自己分析です。


《Y!》以外からの流入組のなかで、O氏の初心者ヘルプの側面を評価していた方を、私は、自分を含め、3人しか知りません。
お一人は、かなりこの件には距離を置いていらっしゃいます。
深くコミットしていらっしゃる、残るお一人に対しては、私自身の「裏切り」を申し訳なく思っています。


作業的には、現在は、リアルの年賀状と、テオドール問題とに集中しています。
O氏関連のサイトからは消えたように見えるかもしれませんが、転載と著作権の問題をまだ書き残しておりますので、テオドールのまとめが一段落したら、再度、取り組むことになるかと思います。『転載はやっぱりオフに』というエントリは、もう1本書きたいです。

出人さんが提案していらっしゃる「チェーンテキスト」の問題、RhapsodyEnBleu氏提案の「転載機能の有効利用」についても、だいぶ前に書いた準備稿があるのですが、これは、仕上がるかどうか、ちょっと自信がありません。

以上、現状報告です。本来こんな自己分析は、公開で書くものではないのかもしれませんが、今回は複数の方にいらぬご心配をおかけしたため、公開で「まとめて」報告する形をとらせていただきました。
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ヤフブロの常識は、日本の非常識

「Yahoo転載機能」関連

包丁は腕の立つ料理人が使えば、素晴らしい道具になるが
人を殺そうとする殺人犯が使えば、極悪な凶器となる。

OYAJI氏『楽しむYahoo!ブログの作り方♪』
「もう一度、転載について(6)Adan Kadan氏への返信【1】」より

では、私もOYAJI氏にならって例え話で。
母が、幼い私に始めて使わせてくれた包丁は、小ぶりのペティナイフでした。手が小さくて力の弱い子供に、足の上に落としただけでざくりと切れてしまう出刃包丁をいきなり渡すのは危険だから、だと思います。初心者さん/入門段階の人が使う道具は、違っていいし、違うべきではないでしょうか。

転載は危ない

上で私は、「転載機能」を「危険な出刃包丁」に例えました。「初心者に転載を奨めること」がなぜ「危険」かというと、(sugar氏もさらっと触れていらしたことですが)著作権法の「引用」の範囲に関係します。

OYAJI氏ご自身、「ヤフーは法律を上回る!?」で、著作権法の「引用」概念と、「転載機能」について、どこまで同じでどこから違うか、ずいぶんお悩みになった模様。法律で許されている「無断でできる引用」の条件を、wikipediaから引用^^
  • 文章の中で著作物を引用する必然性があり、引用先が自分の作成した文章であること。つまり、引用を独立してそれだけの作品として使用することはできない。
  • 質的にも量的にも、引用先が「主」、引用部分が「従」という関係にあること。
  • 本文と引用部分が明らかに区別できること。例『段落を変える』『かぎかっこを使用する』
  • 引用元が公表された著作物であること。
  • 出所を明示すること。(著作権法第四十八条)

wikipedia、引用

どうみても「全文転載」「コメントなし」は、この条件に合致しません。ところが、Yahooブログの場合、「転載不可」という選択肢があります。このため、無断で転載機能を使用しても、
「転載されたくなかったら、転載不可に指定しておけばよかったじゃないか」
ヘルプに書いてあるんだし。ヤフブロの常識でしょ」
と主張することができてしまう。「転載してもいい」と「明示」的に書いてなくても、転載不可に指定していないことが、転載OKの意志表示と解釈されうる。法律っぽくいうと「黙示の許諾」ってヤツですね。この点においては、ヤフブロの常識は、日本の非常識。初心者さんが、「Yahooブログで転載ができるんだから……」と他ブログの文章を全文無断引用すると、テキメン、著作権法違反。他のブログサービスでは「黙示の許諾」は通用しないのですから。

えっけんさんちに数日お邪魔してなかった間に、こんなコメントが。(えっけんさんへの私信:コメント欄で啼いておった無礼者です、本日は《eXcite》から失礼いたします)

OYAJIさんはYahoo内では影響力をお持ちのようだし、転載機能の危険性を訴えるのであれば、Yahooサイドで機能の改善が見られるまで「転載機能は使わないようにしましょう」と主張する方が筋が通ると思います。

『ekken♂』「Yahoo!ブログの転載元を追ってみた」コメント欄より

はい、これは判りやすいですね。私も、OYAJI氏にはご自分のブログの読者である初心者さんに、
「キーボードの使えない子供etcならともかく、うちの記事をきちんと読んでくれるくらいの大人のユーザーは、“正しい引用”とリンクで、日本の常識に通用するブログを作ってほしい」
と言っていただきたい。手の小さい子供に、「出刃包丁は使わないほうがいい、ペティナイフから始めよう」と言うのと同じことで。

ここまでは、「他人の記事を転載する」話。

もう一つは、「自記事転載の推奨」。そもそも最初に問題となったのは、OYAJI氏が
「私の記事を転載してほしい」
とお書きになり、数百の「デッドコピー」がYahooブログに出回ったこと。でしたよね?

スピードを重んじた、スピードが子供の命を救う可能性に賭けたから、簡便な転載という手段を選んだ、とOYAJI氏はあちこちで書いていらっしゃいます。私個人は、別稿に書いたとおり、コピーの大群に子供の命を救う力があるかどうかは大いに疑問に思ってはおりますが、OYAJI氏の意図は理解しました。

理解したうえで、前稿に続きもう1度書かせていただきます。転載を依頼し、その結果生まれた数百の転載記事を追うことに、どれだけの時間をお使いになったのか、わかっていらっしゃるのは、OYAJI氏なのです。
「これだけのケアができないのであれば、自記事の転載推奨はしてはいけない」
と今こそおっしゃるべきじゃないでしょうか?

転載は恥ずかしい

私自身は、転載機能そのものに対して全否定はしません。Yahooにはどうも非公開書庫というのがあるようですから、そこに他ブログ記事をコピーしておく需要はあるでしょう。役に立つ情報を満載したブログが、突然閉鎖になる、あるいは非公開になる、そんな経験は私もしてきましたから。
また、キーボードでの発信が難しい方のための、WEB参加のツールとしても用途があるだろうと思ったことは、前稿に書きました。
けれど、自分の言葉を自分で発信できる人が、転載という安直な機能に頼ることは、私から見れば「恥ずかしいこと」であるように思います。車椅子の方がエスカレータのない駅の階段を駅員数人がかりで車椅子ごと運んでもらうのは仕方ないですが、大の大人が抱いて運ばれるのは「恥ずかしい」のではありませんか? そんな例えを持ち出してみたくなります。

転載はややこしい

OYAJI氏の文章からの引用になりますが。

この機能を使う時には十二分に注意して利用 しないと、皆様自身が予期せぬトラブルに巻き込まれたり、ユーザー間摩擦につながる紛争に巻き込まれる可能性がある

だったら、最初から「リンク」をはり、「引用」をし、自分の言葉を書き添えたほうが、かえって楽ではないですか?

転載はつまらない

関連記事数点を拝読し、Yahooブロガー、とわ氏の記事に出会いました。この方ご自身は、転載機能には肯定的なのですが、別の記事でこんなことも書いていらっしゃいます。

「ブログは言葉の発信基地」
私がよく口にすることですが。
楽しい記事でのおしゃべりもしかり、真面目な意見交換の記事でのやりとりしかり。
記事は、「書き手」からの「発信」。
コメントは、その記事を「発信」している人との言葉のキャッチボール。
そこにコミニュケーションが生まれていく。
そう思います。

『とわ日記』「「言葉」を読むということ、「言葉」を発するということ。」

私も「言葉遣い師」などという単語を玩びたがる者として、とわ氏のこの記事には、すんなりと共感できます。けれど、「転載機能」は(すくなくとも今のところ)他人の記事が、自分の記事とかなり区別のつきにくい形で、自ブログの上に並ぶ機能なのでしょう? ご自分のブログスペースは、「ご自分がいま何を考えているか」(あるいは絵や写真など「何を作っているか」)のために用意なさったものではないでしょうか。他人の文章(あるいは画像)の陳列台に使うなんて、ずいぶんツマラナイ気がします。このあたりが、「Yahooブログの外の人間」には、わからないことなのかもしれません。

いただいたトラックバックへのお詫び等

ここから、いただいたTBへの直接のお返事。とにもかくにもTBいただいたことに感謝を。うちのコメント欄にOYAJI氏のご意見をいくらいただいてもYahooの読者の方の目には触れないですからね。

私は批判嫌いではありません。

これは、失礼をしました。限られた時間のなかで、大量の記事をすべて読むことはできておりません。
「批判の効用は何?」の文字面だけを捉えすぎて行動そのものからの判断が抜けていたことは、認めます。お詫びをいたします。
私の「批判」が「批判とは」で引用された「批判は理性的に行うもの」の範疇に収まっているとよいのですが。

その引用部分の文章を「なぜ書く必要があったか?」との意図も知らないまま、周辺調査もせずに、その引用文の下に 『私がもっと主張したい事』 が、太字で書いてあったにも関わらずに、その部分を切り取って引用されてしまうのは、実は2度目であり、非常に遺憾に思いました。

こちらの引用の件については、お詫びいたしません。インターネットは言葉の世界。まして議論の最中であれば、「引用されて遺憾に思」うようなことはお書きにならぬが吉というもの。

なお、「そんなに言うなら阿檀めがYahooブログに来て活動するように」というお誘いはご無用に願います^^ このTBが「外」から届いて、Yahooブログのユーザーのお目に触れることこそが、この稿の目的なのですから。

議論の本題とまったく関係ない件

2006/11/30(木) 午前 3:48
何時に起きる生活をなさってる方かまったくわかりませんが。
万一無理を押して書いていただいているなら、返信を急いでいただく必要は皆無ですので^^


お読みいただいたYahooブログユーザー諸氏へ

長文を最後までお読みいただいたYahooユーザーの方、もしいらっしゃいましたら、お礼を申し上げます。
ご自分のブログで転載機能をお使いになるかどうかは、ご自身がお決めになること。
拙稿がその決定に少しでも影響することができたなら、嬉しく存じます。
ご感想ありましたら、ここへのコメント(半角1024文字まで)でも、TBでもいただけたら、幸い。ただ、現在《eXcite》ブログは大変にトラバスパムが多いため、当ブログでは文中にリンクがないとTBを受けつけない設定になっております。「wiki文法」
[http://aso2.exblog.jp/4770887/ AdanKadanBlog]
と記事中どこかに入れていただければ、TBが通るのではないかと。

tag:井戸端指定

追記12/3
こにさんがブログでおっしゃっていることが一脈通じるので追加TB
ヤフブロ初心者が転載したってかまわないんだ!という価値観のまま、ヤフブロの外の世界に飛び出したときに、「俺のサイトをパクルな!直リンするな!著作権違反だ!バカヤロー!!!」というトラブルであちこちに叩かれる可能性がある

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