<   2007年 03月 ( 14 )   > この月の画像一覧

カメラかあ。。

ひさしぶりに物欲w

ずっとレンズのまわるデジカメ使ってて、、安っぽいんだけど、一人で動く人間には何かと便利。


ところが某所wでこんな新型カメラを見てしまい。

レンズがまわって、接写4cm、手ぶれ補正あり。いいなぁ。。考えるかなぁ。
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ワン・ディッシュ

魚焼き器で、鶏肉を皮の側からコンガリ色がつくまで5分、ひっくりかえして、塩とオリーブオイルまぶしたピーマンと裂いたエリンギをのっけて3分、ピーマンとエリンギだけひっくりかえして、さらに3分。

冷凍御飯に、薄切りニンニクのっけて電子レンジ、ほぐれてきたら、塩とターメリックをかけながらよく混ぜて、アツアツまであっためる。

魚焼き器1つと皿一枚しか汚さない夕食。
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戦線報告書

ようやく《Yahoo!》論戦撤退か、というその時。

バカ狐は、別の戦線に転戦しているのだった。彡´。`ミ。しかも昨年ネタの再燃、『テンプレートHTMLに著作権はあるか

もともとの苦戦の記録
現在、私が考えているポイント
  • 契約は無から有を生むことはできない。権利がないことについては、契約で縛れない。
  • 権利が皆無とすれば、現在《FC2》で行われている「改造再配布禁止」は「お願い」レベルであって、「守らせることができる権利」を失う。


ああ、そうだ。。。。。《eXcite》はスキンがシリーズになっているから判りやすい。
HTMLとCSSに著作権がない、ということは。
あるスキンを自作として発表した人がいたとして、別の人が色だけ変えて自作とする、それが「無問題」になるってことなんすよ??
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Welcome To My Blog

コメント受け所、続きは、http://aso2.exblog.jp/5388525/に。

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留守

土日いないです、よろしく
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スキンカスタマイズの共通項

スキンをカスタマイズしたい、と思うとき、最低限、共通する事項……の、コピー3ケ所目。(《FC2》,《Autopage》)
転載機能を批判していた人間がいかがなものか。と、自分が思っていますが。orz

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あいのうた

あがーい 愛の歌』(youtube)
著作権的にゃダメなのよ。ダメなんだけどね。このアレンジは、感動的w

ちょい前のアップだけど、私は今日みつけました。
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問い返すのココロ

 私が何年か通っている漢方医。10分ほどの診察の間に、同じ質問を3回くらいすることがある。
 最初は、くどい人だなーと思った。ただその病院のシステムとして、一度一人の医師に診察を頼むと、できる限り変えないように、ということになっている。たまたまその医師が学会などで休診で他の医師に診察を頼んでも、「次回はまた××先生で」と、予約時に念押しされてしまうのだ。
 そうやって(当初は不満も持ちながらも)何年かつきあっているうちに。
 質問が繰り返されるときは、私の身体状況と、私の言葉での答えがズレているときなのだと気がつくようになった。

 別記事のコメントで、
書いている事を素直に読めずに誤解する人や、
書いているにも関わらずに何度も同じ質問を繰り返す人を
見ていると「日本語読めないのかなぁ?理解出来ないのかなぁ?」
と思うことは多々あります。
 というのを読んで、その漢方医を思い出した。
 「書いている事」と「やっている事」の間に乖離があると周囲の人間が思うときに、
「書いている事は、これで意図どおりなのですか?」
「書いている事は目標で、貴方自身が守れていないのですか?」
「それとも、書いている事とやっている事の乖離に、ご自分で気づいていないのですか?」
という「問い返し」が戻るンではなかろうか。

 前記事には、トラックバックもいただいた(『推敲は、誤字脱字のチェックに限らず・・・ブログにも・・・そして、恋愛にも・・・(笑)』)  この文章は面白かった^^。先様は、恋愛ブログという現時点の阿檀狐からは一番距離感があるかもしれない分野!(育児ブログは甥姪を見てるからまだしもなのだ)

拙稿を
リアルの世界では言葉を発する時に「あ、これは今言うべきことじゃないな」とか「ちょっと言葉が足りなかったな」ということ(推敲)を脳内でしているハズなのに、ブログの記事・・・特に毎日の日常を綴ったものは聖域なのか・・・発した発言に対して・・・何人たりとも言及はしてはならないのか・・・?
という受け方をしてくださり、
歴史を刻み続ける男女には、時に喧嘩が起こる・・・その喧嘩は、言い換えるとお互いの意見のぶつかり合い・・・その意見がぶつかり合って、お互いの意思疎通が図られる・・・そして、その男女二人のオリジナルな付き合いが形成される・・・

・・・これも、まさしく「推敲」!ではないかと
とも書いていらっしゃるのです。うーむ!!

 話言葉の場合、相手の顔が見える。たとえば会議のレベルでも、聞き手の顔はほぼ見えている。
「……だと考えます」
 と言ったあと、相手が了解したようなら、次に話題を進めるし、よくわからないようなら説明を足す。怒りの表情がでたら、
「……という意味ではないですよ?」
 という補足をすることもあるかもしれないし、言葉で問い返されれば、それに答える。
 会話はどんどん進んでいく。言葉を選んで考えているひまは一瞬。けれど、多少、練り足りない言葉が口を出ても、訂正する機会はすぐにある。そのタイムラグは数秒かと。
「こいつ、何を考えていやがる、コンチクショウメ」
という怒りが醸成される前に、相手に対する誤解の印象が固まってしまう前に、訂正できてしまう。

 ところが、ブログの場合、たとえば私が誤解されてもしかたないような文章をアップして、読み手の批判を受けたとする。批判意見がアップされたあとで、ようやく、「いやそれは、私の意図とは違う」、そういう反論をする機会がある。
 それが仮にまったくの意図違いな文章で、読み手の「私の文章への怒り」ともかく、「私という個人への怒り」はまったくの誤解であったとしても。
 読み手が文章を読んでから、批判を書き、私が反論する。その間のタイムラグは、数日になってしまうことはざらだろうと思う。
 その間。怒りの感情は読み手のなかにあるまま。誤解が解けたあとまで「あのひとは、どうもね」という印象が留まってしまう、そんな経験は……、私だけじゃないのではないかと。

 では、話言葉でのコミュニケーションは「安全」で、ブログは「危険」なのか。

 そうではないはず、という話を、以前に書いたことがある。
私は、WEBの言葉が、リアルの言葉に、劣るものだとは思っていません。
「リアルだから通じるけど、WEBでは誤解される」
「口語だから使えるけど、WEBでは使えない」
それは私にとって、肯定したくないことなんです。

WEBの言葉は、顔の表情も、声の表情もわからない。
けれど、その分、推敲ができ、文脈を整えることができる。

 上に記したとおり、一つの「キー」は「時間」だと思います。推敲する時間と、訂正する時間。
 話し言葉は、数秒。ブログのコミュニケーションは、数日。そして、……恋愛が一番長くて、たぶん何年にも渡って、一人ではなく二人で、ひとつの恋愛をゆっくりと推敲していく。そして、その推敲の過程そのものが、「恋の時間」であるわけですよね。

 恋愛の中には、話言葉もあれば、書き言葉もある。言葉以外のものも、もちろん、たくさんある。ただ、それぞれのコミュニケーションの手段に、ふさわしい「訂正時間」というものがあり、その時間によって、それぞれに「感情の醸成」があり、相手の人となりへの「印象の醸成」があるのだろうと思います。


 そして、恋の時間は長いから。変化をも、内包するから。
 その過程において、何度も同じ問いを問い返すこともあるんじゃないでしょうか。
「好き?」
「まだ、好き?」
「変わってない?」

 Woodさんの恋愛の推敲が、長くて、素敵な時間となりますように。ひっそりとお祈りしております^^

こちらの記事へのコメントは、「Wood氏記事関連&恋愛の推敲」に限定とさせていただきたく。
「HIRO氏ブログでの議論およびOYAJI氏,Yahoo転載機能関連」については、前記事ののコメント欄にお願いします。

3/12追記:最初に思いついたタイトルをつけたら、タイトルだけ『クリエイトするのココロ』のパクリじゃん。orz 首領殿、ごめんなしゃい。ミ´。`彡 …題名に著作権はかからないと主張してみるテスツ…。でもやっぱり、ごめんなしゃい。ミ´。`彡
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画像加工。紹介記事とか、使ったソフト/サイトとか

画像加工。自分が市販ソフト使っているからって、回答書きには無料ソフトの知識が必要なんだなって、痛感。

オンライン画像加工紹介記事

designwalkerさん
http://www.designwalker.com/2007/02/photo-editor.html
sweetloveさん
http://sweetlovexx.seesaa.net/article/22749851.html
WEB2.0とパソコン講座さん
http://weba03.blog96.fc2.com/blog-entry-296.html

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Flamerなど(こんな写真も右画像のよに可愛らしくw)
http://bighugelabs.com/

◆フリーソフト関連

フリーソフトナビ
http://www.softnavi.com/gazou.htm

JTRIM(ダウンロード)
http://www.woodybells.com/jtrim.html
JTRIM実験室
http://www5f.biglobe.ne.jp/~ayum/gazouhenkan/jtrim/jikken.html

画像の「フチ」を加工する専用ソフト
http://nakasendo.com/seedea/


……もっとも、PHOTOSHOPが無料化されるって言う話もあるみたいだけど。
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思った通りの小説が書けないのは当たり前だけど、思った通りのブログが書けないことはアリエナイ、らしい

“小説”を書くときに思ったとおりの小説が書けないことは、別に恥ずかしいことではない。
「ここはこういう意味ですか」
「いや、こういう狙いで入れた文章なんですけど、目論み通りには読めないですか。こういう表現にしたらどうですかね」
「それなら判りますよ」
“WEB小説”の感想のやりとりのなかで、そんな応答は当たり前であって、珍しくさえない。
(ただし、これはどちらかというと前出の「辛口感想」と見なされるので、相手は選ぶ)

“思ったとおりの小説”が書けたら、それはもう、名手と見なされるんじゃないかと思う。

ところが、ブログの文章では「思ったとおりに文章が書けていること」が前提になる、みたい。
「日本語が読めないんですかっ」
「読解力がないっ」
って、よく見るフレーズ。つまり「思ったとおりに文章は書けている」ことが前提で。
「あなたの文章は、あなたが思ったとおりには、書けていないのじゃないですか?」
などという指摘は、傍若無人、言語道断、無礼千万、アリエナイ。書き手の意図どおり読めない、読み手に非がある。

通じてない部分を直す、通じやすい言葉を探す、って発想は見えてこない。
この世で、推敲って言葉は、小説専用なのか。

うーん? なにか、すごく根本的なところで間違えているような気もする、ケド。
一個人とのやりとりを、ブログの一般論としてはいけない、とか。
……まあ、いいや。
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