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喪中欠礼

■古い雑文■2004/01/22  祖父が逝った


 祖父が逝った。
 99歳だった。

 祖父は、高知の山中にある、小さな村で生まれた。金太と名づけられた。幼い頃から、下に「ま」をつけてからかわれるその名がいやで、いやで、大人になってから、改名をした。

 上昇指向の人だった。東京へ出て、大手の建設会社に勤めた。デパートでみそめた(当時の言葉で「デパガ」だ)女性と結婚をした。これが私の祖母である。
 1960年台、日本は高度成長時代。祖父は仕事もしたが、遊びもしたらしい。祖母はずいぶん泣かされたようだ。
 出世をして。それなりに、資産も形成した。プチ成金、といっていいと思う。しかしそれが原因で、子供同士の仲が悪く、金は、必ずしも彼を幸福にしなかった。

 最晩年。祖父は、寝たきりになり、祖母は、ぼけた。
 ニッポンの経済成長と、高齢化問題を、体現するかのような数年の末。
 この日曜に、自宅で息をひきとった。最後まで亭主関白で、俺はもう入院はいやだ、と、言っていたそうだから、望んだ形の最後だったのだと思う。
 祖母は、祖父の遺体がある部屋で、
「おじいちゃん、よく寝てるのよ、ねえ?」
と、確認するかのように言っていたそうである。


■今の気持ち■
やっと喪中の葉書を一通り出し終わった。

12月の始めに、ほとんどの人には、去年使った年賀状の住所データをもとに葉書を出し終わったのだが、今年は、4月に異動をしたため、新しい部署のメンバーの住所を調べるのにちと時間がかかった。昨日やっと全部投函した。

しかもここ数年、年賀葉書そのものは、発注してしまっていたので楽だったのだが、今年はたまたま手にとったカタログが、亡くなったひとの名前だの享年が入らないものもだったので、自分で裏も刷ることにしてしまった。享年、99歳。長く生きた、十分に生きた、という思い。もう1年で百でした、というその気持ち。享年99、と、書いただけで、無表情につくられた灰色の欠礼葉書にすこし感情が生まれる気がして。
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