カテゴリ:eXciteのお題( 7 )

オソロシイほど久しぶりのTBテーマ参加w

たまっさか、別ブログにお邪魔して。
たまっさか、今週のトラックバックテーマを見かけました。

【私のお気に入りブログ!】

私はやっぱり、こちらさまかなぁ……。
http://absinth.exblog.jp/

な、何度もコクってるンだから。て、照れくさくなんて、ないんだからねっ。

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ずっとワイン派、と答えていた。

あなたビール派?ワイン派?

今週のトラックバックテーマは、「あなたはワイン派、ビール派」だそうな。

「一番、好きなお酒は?」
「ワイン」
と長らく答えていた。

が。

このところ、ほんとに、お酒を飲んでない。

酒を飲むことにより、分解酵素の生成が誘導され酒に強くなるという。
逆に長く飲んでいなければ、相対的に弱くなる。

たまに飲むと、ほんとうに酒に弱くなったと実感する。──年齢のせいもあるかもしれないが。

会社に入った当時は、同期・女性・技術系の仲間が、そろいもそろって酒が好きだった。一緒に食事に出て、
「ウーロン茶」
とでも言おうものなら、
「体調悪いの?」
と顔を覗きこむような、そんな仲だった。

なかでも、Sはワインが好きだった。すらりと背が高く、いつもおしゃれな服を上手に選んでいた。長い指でワイングラスを扱う、少しきざな手つきを、私は同性ながら惚れ惚れと眺めていたような気がする。背伸びが、「ミットモナイ」「ハズカシイ」ことではなく、いとしくもケナゲに見せる人間がいることを、身をもって教えてくれたのは、彼女だった。

「一番、好きなお酒は?」
「ワイン」
そう答えるようになったのは、彼女の真似だったのかもしれない。

飲むと子供っぽい下ネタを口にして、よく笑ったT。色白で長い髪で行儀がよく、酒といえば日本酒だったY。物静かで、黙々と飲むくせに、いつのまにか一番量を飲んで平然としていたF。

みんな辞めてしまった。残ったのは私一人だ。そんなことを、つい、考えるから、酒を飲んでいても楽しくないのかもしれない。

 □

最近は、飲み会の席で平気でウーロン茶なぞ飲んでいる。
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塩ジャケ

何杯でもごはんが進むおかず
塩ジャケが好きである。今は魚グリルがあるので、グリルを十分に熱したあとで、焼き網にシャケを置いておもむろに入れる。
ジュウジュウと脂が落ちて、自分の脂で揚がったかのように、表面がこんがりと香ばしくなると、見ているだけで嬉しくなる。

以前住んでいた1DKには、ガスのコンロがなく、太い金属が渦巻状に巻いた電熱器だけだった。これがまた、十分に温度があがるのにやたらに時間がかかる代物で、ノロマという意味も兼ねて、デンデンムシと呼んでいた。

時間がかかるものだから使うのが億劫で、いろいろなものを電子レンジで「なんとかする」ことを覚えた。

塩ジャケであれば、塩の強いものを選んで、酒をかけて、レンジ。こんがりとした焼き目は望めないし、塩分とタンパクだろうか、白い塊が出て、美しくはない。仕方なく、骨を抜き、シャケの身をフォークの背でぐしぐしと潰す。熱い御飯にこのシャケをたっぷり、冷や御飯なら茶漬けもいい。がんばって細かく潰したキメの細かいのを混ぜて、ピンクのおにぎりを作ったこともあった。

ただ、御飯を何膳も食べるかというと、あんまりたくさん食べるほうじゃなかったりする‥。お粗末 m(_'_)m
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うちのウサギは日記を書かなかった

あなたのペット自慢を!
いまはペットは飼っていないが。

最近、よく思い出すのは小学校の頃に飼っていた茶色いウサギ。ウサギといえば、白ウサギに赤い目だという人もおらるるようだが、茶色いウサギの目は、赤くない。真っ黒な、つやつやした、賢そうな瞳である。

わが家のウサギは、放し飼いにされていた。ちょうど猫を飼うように。
そして猫のように、近所を放浪した。

猫は、鳥籠の小鳥を狙うかもしれないが、鳥の飼い主は心得たもので、猫の届かない場所に鳥かごを置いておく。

しかし、ウサギの来襲を予想している人は、近所には少なかった。

庭先で丹精された草花や、ひどいときには、100m以上離れた八百屋の店先を、ウサギは襲った。とりわけ執心なのは、隣家の庭に植えられた、淡い緑が美しいシダだった。私の両親は、隣家との間にあった格子に板を張ってウサギが通れないようにしたが、ウサギは、板の下の土のところを掘りさげた。そうしてできた、狭い通路をすり抜けて、隣家への侵入を果たした。ウサギの体は、柔らかいのだ。

自分で飼うまで小学校のウサギ小屋に閉じ込められて何をする余地もない様子しか知らなかった私にとっては、驚くくらい、わが家のウサギは、工夫もできたし、根気もあった。

そのときに、ウサギは、けっこう頭のいい動物だと思った。──ひょっとしたら、日記くらいは書くのかもしれない。日々楽しみに拝読しております>ぽふさま
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「そういえば、私、ファザコンだったよね?」

父の日に贈るメッセージは?
 そういえば、父の日も、母の日も、なんの行事もしていないが。

 コドモの頃は、ファザコンだったと思う。母にもかなり、非があった。私を叱るときに、枕言葉のように、
「パパに似て」
「パパそっくり」
が、つくのである。

 子供心に、父に肩入れするのも仕方ない。

 父と母は、似ていないと思った。
 子供と同じ目線で遊んでくれる父と、そんな父に呆れて見せる母。自分の価値観を大事にして、興味範囲外はおろそかにしがちな父と、外からの評判を気にして、なにもかも「きちんと」したがる母。私を叱るのは母で、取り成してくれるのは父だった。

 父と母が違い、父と自分が似ているということは、私は母とは違う、ということだった。
 目の前にいる母を、自分の将来に重ね合わせることができなかった。独身時代は親元にいて、結婚して家を出て、家庭をつくって母親になる。そういう自分を思い描くことができなかった。

 両親とは違う人生を歩みたい。

 勤務地まで、1時間ちょい。通えない距離ではないにもかかわらず、一人暮らしを始めた。私にとって驚いたのは、それまで私が何をしても反対するような気がしていた母は、あきらめ顔で認めてくれ、
「女の子の一人暮らしなんて」
ひどく陳腐な言葉で反対したのは父だった。私は、半ば強引に話を進め、家を出た。

 一人暮らしの条件は、一週間に一度、実家に帰ることだった。
 ある日、ドアベルを押すと、
「お帰り」
 と声がするばかりで、迎えに出てこない。勝手に鍵を開けてはいる。父と母は、向かい合って碁を打っていた。母方の祖父が碁が好きなので、相手になれば、と、習いはじめたのが、母が碁を始めたきっかけだった。だが、長年碁を続けていた祖父に追いつくわけもなく、母自身が碁の面白さに開眼して、父に相手をせがむようになったらしい。父は、嬉しそうに、母の相手をしていた。
 碁盤をはさんで向き合う両親は、なんだかひどく似て見えた。
 若いころ、あんなに違って見えたのは、子供の見誤りだったのだろうか。それとも、長い年月が二人を近づけたのだろうか。よくわからない。確かなのは、一人暮らしで距離をとったことが、私に両親をあらめて見直す機会を与えてくれた、ということだ。

 今は、二人は、碁を打っていた家をひきはらい、マンションに移り住んだ。母方の祖父は今春逝った。
 私は、といえば、ここ何年間か、父とも母とも、喧嘩をしていない。

「私、昔、ファザコンだったよね?」
 父の日に贈るメッセージ、というには、ズレてしまったけれども。
 今、面と向かって父に言ったら、父はどう答えるのだろう、などと、これを書きながら想像してしまった。
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ネトゲに夢中でした、でも。

あなたが夢中になれるものは

もともと、SFファンである。SF小説を読み、拙いながら、書いてもいた。

SF仲間のなかには、ファミコン→プレステ→プレステIIと、ゲームを追い続けている人もいた。
それはそれで楽しそうだったのだけれど、私は頑固に小説というメディアにしがみついていた。
一つは、小説は読むこともできるし、書くこともできる。与えられる側・与える側の相互交換性。たとえ未熟な作品であろうと、可能性として方向は逆を向きうるのだ。

そんな私をネトゲ(ネットワークゲーム)の面白さを教えたのは、やはり小説を書く若い仲間たちだった。

その1人は、あるゲームメーカーに勤めていた。つまり、私はゲームをする側にすぎないにも関わらず、ゲームを作る側の視点をある程度、分け与えられたのである。

たぶん、ゲームを「作る側」から見るという、ある種の妄想が、私をゲームにのめり込ませた一因だったと思う。

もう一つの要因は、ネトゲにおける他のユーザーの存在だ。仲間がどう動くか。誠実か。ゲームに勤勉か。知識はあるか。作戦に巧みか。それが勝敗を左右する。いわゆる、インターラクティブというやつ。

遊べるオトナ、とかなんとか言いながら、私は、ゲームの楽しさにのめりこんだ。いつのまにか、私は、物を書くことをやめていた。

 □

数年前。自分のサイトを作ったとき、私は自分の古い雑文を掘り返して、自分が書いてみたいテーマはほとんど書いてしまったような気分に浸ったのを覚えている。

だが、ごく最近。読み返すと、違和感があるのだ。自分が以前書いた文章が、今の自分とは違ってしまっている。ゲームにかまけて書くことを怠けているうちに、私のなかにはまた、言葉にして外に出せるだけ何かが貯まっているらしい。

──もう一度、何か書いてみようか。

そんな気持ちで作った、このブログなのである。
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やっぱり、メール派

あなたは電話派? メール派?
 かつてある人に、「電話は暴力だ」と言われた。
「かける側の都合だけでかかってきて、受ける側の時間を奪う」
 そうだな、と思って、私はメール派になった。

 携帯電話でメールをチェックできるようにし、小さな端末を持ち歩いて返事を書く。電話は、ほんとうに緊急な時しかかけない。

 自分が口べただとは思わないが、頭の回転は高くない。何かをきちんと伝えようとすると、考えが言葉を話す速度においつかない。書いてみて、伝わっているかを読み返し、推敲する。その癖がつくと、電話はますます億劫になっていった。

 そして数年。くだんの「電話は暴力」の人に、こういわれた。
「どうしていつもメールなのかな。電話ならすぐ済むのに」

 そう言われた後も。私はやっぱり、メール派である。
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