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カテゴリ:古い雑文・今の気持ち( 6 )

『明治の聖歌ボーイ』'94・11

 ちょっとタイミングを逸しているのですが、文豪さまの別宅「祖母の宝物」に触発されて、古~い雑文を虫干しアップ。

『明治の聖歌ボーイ』'94・11
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『夜』の思い出

 ン十年前の話になると思うのだが。
『男たちの夜かな』という週イチのラジオ番組があった。スポンサーが降りてしまい、DJである広川太一郎氏が自費で放送枠を買っているという、妙な番組だった。

 そこに、「自殺します」という葉書が投稿された。番組で読み上げられた葉書の内容は忘れたが、内容からか、文体からか、中学生か高校生という印象を記憶している。
 広川氏は、放送時間をかなり割いて、「とにかく死ぬな、俺も○ちゃんも君のことを心配している」という呼びかけをした。(○:番組アシスタント、名前忘れました)

 翌週。
 「死ぬ気はなかった。いたずらでした。心配かけて、すみません」
という詫びの趣旨の葉書が来た、と、広川氏から報告があった。

 そのときの広川氏の話の内容は、昔の話なのでうろ覚えだし、もしかしたら記憶違いもあるかもしれないけれど。
「いたずらかもしれない、という可能性は考えていた」
「でも、“自殺します、という葉書をイタズラで投書する”という精神状態と、“自殺する”精神状態は、けっして遠くない」
「だから、まず、“君のことを心配している”、と、伝えることを、最優先にすることにした」
「イタズラにひっかかりやがって、とバカにされるとしても、そんなことは俺はかまわない」
そんなことを言ったあとで。
「むろん、こんなのは偽善だ。でも、偽善であっても善は善。悪より、はるかにマシなものなんだ」
と、付け加えた。

 善のいかがわしさに、自覚的であること。偽善の恥を知ること。両方を引き受けて、怯(ひる)まないこと。
 私は当時一人のコドモとして、一人の大人の所行に、そんなものを感じとった。

 結局。2回分の放送について、いつものコーナーは中止になり、他の話題の投稿ハガキの読み上げなどはその次以降の週にもちこされた。広川氏は、放送内容の変更に関して、「他の投稿者と協力してくれたスタッフへの謝罪と感謝」で話題をしめくくった。

 当時の広川氏が、偽善の汚名は我が身に引きうける覚悟をもつ一方で、名誉の部分はスタッフと共有しようとした、……とまで今書いてしまうのは、長い時を経た美化もあるかもしれないが。

 ただ、これまで何度か、「偽善であっても善は善」という言葉が、私の背中を押してくれる局面があったのは、私自身にとって、主観的事実というヤツなのだ。……もちろん、行為の方法を練ることや、“安易”に陥らないことの必要性は、別の課題として存在するのだけれど。

 □ □ □

 この記事は、実は11/16に8割がた書いて、非公開にしてあった。

 なぜ書いたか。なぜ非公開にしたか。なぜ、いまこの記事にトラバするか。ご想像にお任せする。
 速攻でレスをいただく種類のものでもない。ただの読み物であって、「悪」の一語の関連仲間文化圏的TBであると解釈いただいても、それもまたよし。それを理由にTBをお切りになるとしても、いっさい不服は申し上げない。
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私の気持ちは変わっていない。

「Yahoo転載機能」関連
2006/11/14時点、私は、『転載機能』論争に加わるつもりはなく。ブログ初心者に「W3Cを語る是非」について、某氏の胸を借りて、「楽しい議論」に興じていた。そのころに書いたもの。

ところで、こんな「コピペ」があるらしい。「あなたの善意の転載で自殺予告の子供を救って下さい!!」 死にまで追いつめられた子供の心の氷を溶かすとしたら、それは大人の「ガンバレ」よりも、同じイジメられた子供の「(いっしょに)ガンバロウ」なんじゃないかと思う。だから、……誰かと繋がろうとする子供の目の前で、そのドアを閉めないでいたいんだ。

雑多箱(自己引用)

ブログの力を信じないのではなくて、大人の力を信じないのでもなくて。子供たちの力を、子供たち自身が紡ぐ言葉の力を、より、強く、信じたい。

あら。数行www 親でも教師でもないワタシが、いま、責任もって言えることは、これで、全部ですww

↓ちょっとは関係??
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子供たちを責めないで…ゲムブログの頃

[初出]『ブログで小説!』(2006/10/3)閲覧履歴に、中学生~高校生のゲームブログが多いことに関して書いたもの

  ■  ■  ■

 実は私も、一時期、ネットワークゲーム……RPGもあったし、プレイヤー同士が戦う戦争ゲームもあった……にハマッて、ゲーム日記を公開していたことがある。

  ■

 話はかなり遡るのだが。私のネット歴は、わりに古い。インターネットの商用開放前、NiftyServeとかPC-VANというパソコン通信の時代である。PCはまだ高価だったし、通信費もかかる。パソコン通信は、ある程度、金と時間とマニア心(笑)のある、大人の娯楽だった。顔も知らない相手と議論する、というのは、初めての経験だったから。私は鎧と刀を磨いて戦場に出る武士のように論戦に挑んだ。

 ネットがありふれた物になり、ネットごしの「普通のおつきあい」には馴れきっていた私に、ネトゲは、ひさしぶりに「未知の相手」と接触する感覚を思い出させてくれた。最大の未知の対象は、戦争ゲームのサイトにわさわさといた中学生である。そのゲームがなければ、たぶん、共通する話題さえないであろう年齢差を越えて、「一緒に遊んで」いるんだ、という事実が、私には新鮮でならなかった。
 同じゲームのプレイヤーには大人もいて、だいたいは「リア厨」たちに冷淡だった。たしかに中学生たちは、荒れた言葉を使い、不躾な者も多かった。だが、それさえも「いまどきの子供ってこんなんなんだ」と興味深く、私は、あるとき、中学生が建国した国に入国してみた。ひょっとして、スパイとして追い出されるのではないか、と、ドキドキしながら。

 ところが。

 中学生の「総帥」に仕えた大人プレイヤーを、総帥は賓客のように遇したのである。
「来ていただいてありがとうございます!」
 “敵国”の民として対した時には、荒れた言葉で煽って来た総帥が、どうみても慣れない敬語で、しきりに話しかけてくる。
 最初は、なにかのジョークかと思ったのだが。いろいろ話す(ゲーム内チャット)と、どうも、本当に歓迎されているらしい。
 しかし、いくらなんでも肩に力が入りすぎだった。これでは互いに疲れてしまう。私は早々に大人国へ移動したが、それを期に、中学生プレイヤーは、「普通」になっていった。つまり、不躾でも荒れてもいない、ごくあたりまえの言葉づかいで話しかけてくるようになった。なんのことはない、大人が「リア厨メ」と扱うから、中学生組も「ゲーム内じゃ関係ないだろ!」とばかり、反発の態度を示していただけだったらしい。
 大人組男性のエロトークが炸裂したとき、中学生組の一人がナイトのごとく私をかばいに出てきてくれた、なんて、話は、また後のこと。こうなると、もう、どちらを頼るべきやら。

 ゲームの上では、私は彼らを対等に扱ったつもりである。だが、PCの知識となると、落差は大きかった。中学生たちは、クラスメートからそのゲームが楽しいことを力説され、初めて親や兄姉のパソコンを借りて、「参戦」してくる。いま学校でPCをどの程度習うのだろう? ともかく、知らないことがあまりに多かった。
「どうして①が使っちゃいけないんですか?」
「それは機種依存文字と言ってね」
etc.ect.
 あるとき。大人組の一人の雷が落ちた。
「ここはパソコン教室じゃない! 知りたいことは自分で調べてこい!」
 後に知ったのだが、彼はIT関係者だった。顧客相手の仕事から疲れて帰宅し、気晴らしのつもりでネトゲを開いたら、ゲーム内チャットを中学生レベルのコンピュータQ&Aが占拠している、では、怒鳴りたくもなろうというものである。
 このときに自分が書いたレスを思いだすと、脂汗が出る。「私にとって、ネットはつねに学びの場でございました」とか書いたような気がする。「ゲームをとおして初めてネットを知った若い方たちに、自分が得た知識を少々伝授することは、なにとぞご寛恕くださいませ」とか、なんとか。

 ちなみに。私はこのサイトで、「女狐僧正」という2つ名をもっていた。
……まぁ、そういうRole to Playということで。

 それでも、ゲーム内チャットを占拠するのは、私も気がひけはじめていたところだった。私は自分のゲーム日記の片隅に、パソコンコーナーを作った。コピペのやり方(!)から始まり、Googleのアドレス、自IPの調べ方に、クッキーの消し方。ゲームとチャットを楽しむための、最低限の知識である。

  ■

 『子供たちを責めないで』(秋元康作詞)という往年のヒットソングに、
「私は子供に生まれないでよかったと胸をなで下ろしています」
という一節がある。
 もちろん、ココは笑うところなのだが。
 私が子供のころは、ネットはなかった。
 私は、「ネットの子供」には生まれなかったんである。

 今の子供たちは、中学生くらいから、平然とアクセスしてくる。ネットを介して対すると、相手の歳はわからない。実生活では、まだ、「子供だから」と許されるレベルのことでも、相手の虫の居所では、居丈高にどやしつけられたりする。
 だが。
 いまはもう、ネットは鎧と刀を磨いて威儀を正す場所ではない。自宅の縁側からすぐ繋がる、近所の路上だ。たしかに、自宅の前の路地の上にも、世界を包む空が広がる。だからといって。走り出てつまづいて、「どうしよう?」と半ベソかいてる子供に、「人に物を尋ねるなら名を名乗れ!」と反応しなけりゃいかんのだろうか? 少しかがんで、目線を合わせ、「君はどうしたいの?」と聞いてはダメなものか?
 むろん「ダメ」という場所も、あっていい。サイトにはそれぞれに「風」がある。風に合わない者は、無理に留まる義務もない。自分好みの風が吹く場所を探しにいくだけだ。


 「女狐」の小さなパソコン教室の卒業生たちは、ゲームが終焉した今でも、たまに、ひと気のなくなったチャットルームへ、1行2行の書置きを置いてくれる。君たちの幸ある行く末を心から願っているけれど、本当に困ったとき、ネットのしかるべき場所でしかるべき助けを求めれば、助けが得られる「こともある」ということを忘れないでほしい。手首を切る前に。電車に飛び込む前に。とにかく助けを得ようとする努力をしてみてほしい。私は通信やネットを長く続けてきて、それなりに色々なものを見てきた。古い友人たちのプライバシーを軽々に記すことはできないから、ただ、訳も書かずに「ネットはときに人に死を図らせる。けれど、ときには人を救うよ」としか言うことができないけれど。
 そのことの大切さに比べれば、……ぶっちゃけ、ゲームもブログも、どうでもいいんだ。


 とてつもなく話題がそれたけど。
 ゲームブログの話だったっけ。
 プライバシーを明かさず、仲間と共通の話題を作る。ゲームブログって、実は、ネットの「入門」としてはとても便利だ。
 だから。とりあえず、やってみたらいいんじゃないかな。それがたぶん、世界に繋がる半歩目になるから。
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喪中欠礼

■古い雑文■2004/01/22  祖父が逝った


 祖父が逝った。
 99歳だった。

 祖父は、高知の山中にある、小さな村で生まれた。金太と名づけられた。幼い頃から、下に「ま」をつけてからかわれるその名がいやで、いやで、大人になってから、改名をした。

 上昇指向の人だった。東京へ出て、大手の建設会社に勤めた。デパートでみそめた(当時の言葉で「デパガ」だ)女性と結婚をした。これが私の祖母である。
 1960年台、日本は高度成長時代。祖父は仕事もしたが、遊びもしたらしい。祖母はずいぶん泣かされたようだ。
 出世をして。それなりに、資産も形成した。プチ成金、といっていいと思う。しかしそれが原因で、子供同士の仲が悪く、金は、必ずしも彼を幸福にしなかった。

 最晩年。祖父は、寝たきりになり、祖母は、ぼけた。
 ニッポンの経済成長と、高齢化問題を、体現するかのような数年の末。
 この日曜に、自宅で息をひきとった。最後まで亭主関白で、俺はもう入院はいやだ、と、言っていたそうだから、望んだ形の最後だったのだと思う。
 祖母は、祖父の遺体がある部屋で、
「おじいちゃん、よく寝てるのよ、ねえ?」
と、確認するかのように言っていたそうである。


■今の気持ち■
やっと喪中の葉書を一通り出し終わった。

12月の始めに、ほとんどの人には、去年使った年賀状の住所データをもとに葉書を出し終わったのだが、今年は、4月に異動をしたため、新しい部署のメンバーの住所を調べるのにちと時間がかかった。昨日やっと全部投函した。

しかもここ数年、年賀葉書そのものは、発注してしまっていたので楽だったのだが、今年はたまたま手にとったカタログが、亡くなったひとの名前だの享年が入らないものもだったので、自分で裏も刷ることにしてしまった。享年、99歳。長く生きた、十分に生きた、という思い。もう1年で百でした、というその気持ち。享年99、と、書いただけで、無表情につくられた灰色の欠礼葉書にすこし感情が生まれる気がして。
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少しだけ、手を入れる

■古い雑文■2002/08/28 (水)  Green,Green
緑が好きになったのが、いつだったかは忘れた。

思い出せる最初の記憶は、幼稚園のころ、他の女の子のように「赤」や「ピンク」が好きになれなくて、自分が「アマノジャク」であることを自覚し始めたことである。

ごく最近になって、ある方から、私のオーラが緑だと言われた。黒に近い緑に、蛍光グリーンの班があるそうである。オーラが強い、という意味ではない。彼女には、全ての人に、オーラが見えるという。だいたいの人間が、自分が好きな色のオーラをまとっているとのことである。

私には、実は、オーラというのはよくわからない。でも、尊敬する友人から、「緑」と言われたことがひどく嬉しくて。

それで、このサイトは、こんな色あいなのです。


■今の気持ち■

このブログのもともとのCSSにほんの少し手を入れて。茶色系からグリーン系へ。

上記の友人は霊が見えると言った。何かをじっと注視して、
「ねえ、あれ、本当に見えないの?」
と笑った。

それまで霊が見えるという人々を否定しがちであった私は、彼女が、霊を過度に恐れもせず、霊が見える自分への特別視も要求しないことに、強い印象をうけた。彼女にとって、霊は、他の「物質」と同様の森羅万象の一角であるように見えた。

そういえば、彼女のサイトもしばらく尋ねていない。今日あたり、行ってみるかな。。。
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