思った通りの小説が書けないのは当たり前だけど、思った通りのブログが書けないことはアリエナイ、らしい

“小説”を書くときに思ったとおりの小説が書けないことは、別に恥ずかしいことではない。
「ここはこういう意味ですか」
「いや、こういう狙いで入れた文章なんですけど、目論み通りには読めないですか。こういう表現にしたらどうですかね」
「それなら判りますよ」
“WEB小説”の感想のやりとりのなかで、そんな応答は当たり前であって、珍しくさえない。
(ただし、これはどちらかというと前出の「辛口感想」と見なされるので、相手は選ぶ)

“思ったとおりの小説”が書けたら、それはもう、名手と見なされるんじゃないかと思う。

ところが、ブログの文章では「思ったとおりに文章が書けていること」が前提になる、みたい。
「日本語が読めないんですかっ」
「読解力がないっ」
って、よく見るフレーズ。つまり「思ったとおりに文章は書けている」ことが前提で。
「あなたの文章は、あなたが思ったとおりには、書けていないのじゃないですか?」
などという指摘は、傍若無人、言語道断、無礼千万、アリエナイ。書き手の意図どおり読めない、読み手に非がある。

通じてない部分を直す、通じやすい言葉を探す、って発想は見えてこない。
この世で、推敲って言葉は、小説専用なのか。

うーん? なにか、すごく根本的なところで間違えているような気もする、ケド。
一個人とのやりとりを、ブログの一般論としてはいけない、とか。
……まあ、いいや。
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by as-o2 | 2007-03-08 19:59 | ひとサマのブログ | Comments(13)
Commented by ひろ at 2007-03-08 20:08 x
おつかれさまでしたm(__)m
Commented by as-o2 at 2007-03-08 21:06
いえいえ、ひろさんこそ、おつかれさまでした。信頼できる管理者あればこその長文会話でしたm(__)m
Commented by ghostbass at 2007-03-09 01:45 x
誰かさんの暗黒面がうつってしまったのでしょうか?この文章はかなり黒いですヨ

Commented by as-o2 at 2007-03-09 09:12
なにか誤解がないでしょうか?ここのブログ主は、もともと真っ黒いですよ(大にっこり)
Commented by わたりとり at 2007-03-09 21:51 x
>ただし、これはどちらかというと前出の「辛口感想」と見なされるので
・・・そ、そうなんですか?
以前、「批評はお手柔らかに」がいいと言いましたが、それくらいで辛口なら、もうちょっと辛めでも私は大丈夫かも・・・(笑)
Commented by as-o2 at 2007-03-10 13:22
わたりとりさん、いらっしゃいませ。
えーと。これがね。1ケ所なら、指摘する側もされる側もお互いそう負担もないのですがね。「これは確認しないと話が繋がらないのでは?」というほど「瑕」のある作品の場合、作者のスキルが「それなり」ってことなので。この種の指摘が“えんえんと”複数個所ある場合があったりも。指摘する側もされる側も、けっこう憂鬱だったりも。
Commented by OYAJI at 2007-03-11 02:35 x
私は別にブログの文章であっても
「思ったとおりに文章が書けていることが前提になる」とは
思わないですね。
ただ、書いている事を素直に読めずに誤解する人や、
書いているにも関わらずに何度も同じ質問を繰り返す人を
見ていると「日本語読めないのかなぁ?理解出来ないのかなぁ?」
と思うことは多々あります。
本当に書き手の意図どおりに読んで頂きたいものですよね。
通じてない部分を直すことや、通じやすい言葉を探す努力は
大事な事だと思いますし、推敲ということも大事だと思います。

Commented by as-o2 at 2007-03-11 17:56
「書いているにも関わらずに何度も同じ質問を繰り返す」人がでるのは、「やっていらっしゃる事」と「書いていらっしゃる事」の間に、乖離を感じるからではないでしょうか。ということを別記事に書きましたが(http://aso2.exblog.jp/5224178/ )、あちらの記事には別ブログからのお客様がいらっしゃる可能性がありますので、この記事での議論については、どうぞこのままこのコメント欄をご使用くださいませ。
Commented by OYAJI at 2007-03-13 01:49 x
「言動と行動に乖離を感じるから」と言われますが
その「乖離」が起こる原因にも様々な理由があると思いますよ。
例えば、ごく一面的な言動や行動のみがクローズアップされていて
それらの情報しか無い場合に別の一面の言動を見た場合には
乖離を感じるでしょうけれども、それは全体を正しく見て判断
しているとは言えないと思います。特定の側面ばかりしか情報を
見ていない場合には「先入観」がどうしても生まれますので、
一度染み付いた先入観でしか物事を見れなくなった場合に
別の側面からの言動があると「乖離」を感じる可能性は高いです。
なので、単純に「乖離を感じるからという理由」だけで
「行動と言動が違う」と判断するべきでは無いと思いますね。
Commented by as-o2 at 2007-03-13 12:51
>「乖離」が起こる原因にも様々な理由がある
はい。いろんなケースがあるんだろうと思いますね。

最近ちょっと思ったのは、
本人としては「いつもどおりの自分感覚」で行動してても、他人から見ると「今回に限ってどうした!」ということも、あるってことですね。
たとえばワタシですと、先日の、「写真に関する感覚」が他の方と大幅にずれていた。そのことが「たかが写真への感覚」に留まらない、いろいろな影響を生んだと思います。
大勢から「違うぞ」っていわれたときには、やっぱり、なにか「自分感覚」が他人とズレてるんじゃないか、って、検証する必要もあるみたいです。自分の精神に潜るみたいな作業ですから、面倒だししんどいですけどね。。。。
Commented at 2007-03-20 21:41 x
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Commented at 2007-03-20 21:42 x
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