写真といふもの

《Yahoo!》ブログの転載機能仕様変更により、残務処理モードに入っている阿檀です。

某所、写真転載関連で、ひとつだけ、残った疑問があるのです。

私は、
1.本人が自ブログに「当ブログの記事は転載可」と書き、
2.本人が「転載可」に設定した記事
であれば、転載は可能なのだろうと思った。

あえて付け加えるなら、これで未加工写真であれば、
「本人がいいと言ったとしても、(カワイソウだから)、WEBの怖さをご存知の方としては、転載しないでおいてはどうでしょう」
と言うたかもしれませんが、目にモザイクがかかっていたし、OKだと思ったわけです。
つまり、「個人情報」としての問題をクリアすればOKである、と。

写真であることそのものにはあまりこだわらなかった。
ところが、他の方からは、「写真だからダメ」という反応がけっこうあった……、ように思う。

牛男氏、トンコ氏あたりの反応は、
「不快だということ」
はよく判ったのですが、
「なぜ、そんなにも不快なのか」
ということが「実感として」いまひとつ判らなかったんす。

jemini氏は、わからんちんな阿檀に、いっしょけんめ説明をしようとしてださいました。
写真というモノは「自分の姿の投影」であって、見る人にも強いインパクトを与えます。いくら自らが過去に掲載した写真であっても、人様に勝手に使われるのは抵抗があると考えるのが当然ですし、法的、規約的に問題が無くとも配慮すべきものだと思います。




それって、
 :
 :
 :
「自分の姿の投影」=「自分自身の投影」……?←いや、そんなことは書いてない
もしかして、「写真は、魂を吸ってるから」に近いみたいなそんな感じですか?←いや、それは考えすぎ

某自己紹介転載(テキスト[言葉]のみ)のほうにはるかに抵抗を感じる私は、やっぱり異常に言葉フェチなのですかっ?←うん。たぶんそう。



もっとも、jeminiさんの写真はときどきナニかの魂が篭ってるw



TB:http://blogs.yahoo.co.jp/kanakana_ceo/5970857.html ほんとはこの記事より、ひろ氏ブログにつけたコメント(07/03/02 17:56 )のほうが、内容が激しくかぶってます^^
ひろ氏ブログ流れの方は、ひろ氏のOKがでましたので、議論はあちらのコメント欄で続行をお願いします。こちらのコメ欄を閉じることも考えましたが、kanakana_ceoさんやjeminiさんに失礼すぎる!と気がついたので、開いておきます^^
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by as-o2 | 2007-03-02 17:50 | ひとサマのブログ | Comments(13)
Commented by 滝川クリスタル at 2007-03-02 19:10 x
こんばんは。
文章も写真も目から入りますが、その後の流れは写真のほうが「より」リアルに、かつ背景など場合によってはより解りやすい状態にはなるかもですね。
公然の未然と必然の差は意外とあると思います。
これが公園の名前もはっきりと映っている子供の写真とかならもっと
リアルに感じるかもしれませんし。
Commented by カナかな団首領 at 2007-03-02 19:21 x
なんだか、よく分かりませんッ。たかが、写真ぢゃんかさー、とか思うんですけど。あやしげな、すぴりちゅある系的観点から、不快とか悪意とか言ってるのかなー。だめだ、理解不能。
Commented by as-o2 at 2007-03-02 19:59
滝川クリスタルさん、いらっしゃいませ。
「公園の名前もはっきりと映っている子供の写真」のような、リアルに影響がある問題なら、阿檀狐にも理解できるのですが、あの写真には少なくとも表向きは、そういう問題がありそうには見えなかったのですよね。

すみません、
>公然の未然と必然の差は意外とあると思います。
ってところがよくわからなかったです。私は必然の危険を感じなかった、けれどご本人からすれば、「必然ではない危険」がありうる写真で、しかもなにが危険なのか説明したくはないような種類のものだった、そういう意味あいですか?


首領殿、いらっしゃいませ。
>すぴりちゅある
スピリッツ[蒸留酒]ならいっぱい写っていたかもです^^>ショットバー写真
Commented by つぐみ at 2007-03-02 22:17 x
写真の世界はたとえモザイクがかかっていたとしてもまさに良くも悪くも「百聞は一見にしかず」だとおもいます。
阿檀さんがあの写真から多くの情報を受け取ったと同じように他の閲覧者も多くの情報を受け取ったと思います。ディスプレイの向こうのまさに血の通った人間の魂が映っているわけでそういう意味では配慮が必要かも知れません。
Commented by jemini-web at 2007-03-02 23:56
最終的には「感情の多数決」みたいな話なんで説明が難しいんですけど、
> 「自分の姿の投影」=「自分自身の投影」
これは部分的にYES。
ゲシュタルト理論じゃないけど多くの人は心理的に「自分の写った写真」を「自分」という属性に近い位置に置いてグルーピングします。
だから、それに対する扱いに対しての感情も、自分に対する扱いに対する感情に近いものになる。
上手く言えませんが「坊主憎けりゃ袈裟まで憎」くなる事の逆バージョンというか、「ヨン様が好きな人はヨン様のポスターも大事に扱う」のに似てると言うか、まあそんな感じで、「自分の写った画像が自分の好まざる流れにあるブログで扱われる」のは「自分が非難に晒されている中に突然放り込まれる」のに近い印象を受ける人は、少なく無いと思います。
その時に目線やモザイクがかかってても、本人にとっては「自分」という認識は確立しているため、感情論まっしぐらの路線へ導きやすいと思いますね。
Commented by G.R. at 2007-03-03 00:15 x
写真の「事実」は常に解釈を伴うのです。そしてその解釈は文脈による。写真は常に文脈と共にある。そこから切り離されて違う文脈に放り込まれたら、それは暴力にもなりうる。そんなことは当たり前でしょう。
「写真には二つの矛盾する特質を結びつけるという利点がある。写真には客観性についての保証書が内蔵されている。だが写真は必然的に、常に視点を持っている」(スーザン・ソンタグ 「他者の苦痛へのまなざし」)
Commented by as-o2 at 2007-03-03 03:14
みなさま、いらっしゃいまし。レスをしようかとしばらく考えているうちに、茫漠とw記事になりました、すみません。http://aso2.exblog.jp/5189561/
Commented by カナかな団首領 at 2007-03-03 16:22 x
いやー、実はよく分からんのですけど、アレって写真だったから、悪意云々とか不快とかっていう話だったのですか。それとも、顔写真だったから、なんですかねぇ。テキストの、住所・電話番号でも、同じように悪意・不快なんだろうか。あー、なんつうか、個人情報だったので、悪意・不快だったのかなあ。でも、そもそも公開されていたモノだったという視点はどうなるんだろう。とか、思ってます今日この頃。意味不明な文章ですいません。
Commented by as-o2 at 2007-03-03 16:47
いやいやいや。おっしゃりたいことは、よくわかります。私自身も、「WEBに載せる/載せない」の間の溝が、どーんと深くて広いので、WEBに載せる以上、「誰に見られてもいい覚悟」はする。(私は転載キライですが)、まして転載可にする方であれば、もう、なんつか、いろいろと覚悟しているハズだと。これほど《Y!》馴れしている方が設定ミスってこともないだろうとか、自分で転載可にしておいて転載されて文句いうほどアレでもないだろうとか、イロイロと信頼してしまっていたのがワタクシの不徳の致す所である、という自責の念なのですよ。
Commented by 牛男 at 2007-03-03 18:48 x
G.R.さんが明確に述べられている通りなので、コメントを重ねる必要はないのですが、僕が不快だと感じた理由は、1月7日のコメントですでに述べています。「文脈」の問題です。事実は文脈によっていくらでも解釈を歪曲できるということです。

「自分が対立している相手から、自分のプライベートな写真を転載されたとしたら、機能やガイドラインの問題ではなく、相手を許しません。置かれた文脈によって写真の意味は別のものになってしまうからです。」

いつ、どの時点で、どの文脈であの写真の記事が転載されたのか。「誰に見られてもいい覚悟」とはまた別の問題です。

Commented by カナかな団首領 at 2007-03-03 20:25 x
あー、分かった。web上のリソースを単独のモノとして解釈するか、関連するモノとして解釈するかの違いなんだ。なんつーか、ブログの他のエントリーを読むか、読まないか、みたいな。一般的には、社会的な出来事として、時系列を追った解釈をするから、確かに、ソコに悪意は無いのかい、と問われれば、有るかもしれないと言わざるを得ない、てゆーよーな状況ってコトだおね。うーむ。ただ、アレが名誉棄損の必要条件を満たすかどうかというと、かなり「ぬるい」気がするけれど、どうなんだろうなあ。
Commented by as-o2 at 2007-03-03 22:32
牛男さん
私自身の皮膚感覚と異なるのは、牛男さんが書いていらしたコメントのなかで「写真」が明らかに「特別な存在」だったことなのですね。だったら、「文章」ならいいのか。……あるいは「まだまし」なのか、というあたりです。
Commented by as-o2 at 2007-03-03 22:32
首領殿
>web上のリソースを単独のモノとして解釈するか、関連するモノとして解釈するかの違いなんだ。
「自分にとって記事は大事だから、ケンカ中の相手のブログ上に転載されているのがイヤだった!」っていうのならわかる。
私も、「ブログ」あるいは「サイト」ってものにかなりこだわりがあるもので。自分の文章が1ケだけ切り出されて、ふわふわとWEB上を彷徨うなんてヤナコッタという感じです。だから転載機能は自分で「可」にする気はさらっさらありまへんw。(実は、サブブログのほうで1ケだけ転載可能の設定になっていますが、「自分の文章」じゃなくて「リンク集」ですね)
でもねでもね、。それだったら、写真だからといって特別扱いにはならんのではないかと思うのですよ。
むしろ「名刺は両手で受けなさい」に似ているのかなぁ?とかも思います。別にオカルティックなもの(魂吸われる)はなくても、慣例として「相手のカタシロ」として扱う、というものがあるのかもしれない、と。阿檀狐にそういう「神経」が発達しなかった経緯は、続編に書いたとおり^^。http://aso2.exblog.jp/5189561/