いまは無きブログに捧げるD論

re:Do Androids Dream of Electric Sheep?



アンドロイドは電気羊の夢を見るか?
P.K.Dick/ 早川書房
ISBN : 4150102295
 私がそっと拝読していたあるブログに、PKD(フィリップKディック)の作品『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』を引いた短い記事があった。その作品には、一人のパーソナリティが、ラジオだかTVだかで、1日24時間以上の主演をしているという描写がでてくる。作中では、彼は実はアンドロイド(レプリカント)だったのだが。ネット接続時間の非常に長いあるユーザーを、このパーソナリティになぞらえていらしたのである。

 私がその記事にレスを書こうかどうか迷っているうちに日が経って、そのブログは無くなってしまった。


 この記事によって、『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』を思いだしたときに。
 実は、私はもう一人、別の登場人物を連想していた。

 この作中には、「ムード(情調)オルガン」というガジェット(SF的小道具)が登場する。人々はムードオルガンの取っ手を握ることで、感情を繋げることができる。感情の「輪」の中心にいるのは、マーサーという老人である。マーサーは山を登っていく。どこからともなく飛んできて、マーサーに当たる。足元の斜面が崩れ、マーサーはけして頂上にたどりつかない。えんえんと繰り返すその映像を中心に、人々は接続する。ムードオルガンを通じて、互いの日常生活のなかの喜びと苦痛を分かち合う。

 やがて。先述のレプリカントがこのマーサーの正体を暴く。マーサーは、飲んだくれの売れない老俳優に過ぎず、石も本物ではない。人々の「繋がり」の中心に据えられていたのは、ただの芝居だったのである。アンドロイドは、人間の「繋がり」の中心を破壊した、と、勝ち誇る。

 しかし。人々は……、偶像が堕ちてもなお、その感情の接続を切らないのだ。ムードオルガンに、自らの感情を託し続けるのである。

 これは、砕かれた「コア(核)」の物語だ。けれど、その周囲の人と人との繋がりが十分に緊密なものになっていれば。コアが砕かれても、その繋がりまでは破壊することができない。それは、アンドロイドが予期した、理性的な繋がりではないからだ。その「理屈に合わない」感情移入能力こそ、この物語のなかでは、「人間性」の証明となる。

 なお、この作品の発表は、1968年。ARPANETと名づけられた、インターネットの「元祖」が誕生したのが1969年だから、その前年にあたる。


 ある記事を読んで。私は何度か書きかけては発表をためらってきたこの文章を、アップすることにした。
 コアが傷つけられても、それを見捨てることなく、繋がり続ける。その方たちの人間性を、私は、否定しようとは思わない。
 
 だが……。かりそめにもコアになった以上、まわりに繋がった人たちに対する、なんらかの意識と言うのはあってもいいものではなかろうか?
──「自らの評判などには「無頓着」」 ほんとうに、それがベストアンサーなのでしょうか……?


~謝辞~
思考を深める機会をくださった、消えたブログの主に感謝をこめて。
[PR]
by as-o2 | 2007-01-13 02:39 | ひとサマのブログ | Comments(5)
Commented by OYAJI at 2007-01-13 05:12 x
お陰様で、私のまわりに繋がった皆様は
「その言葉」を発する時の意味として
『自分の評判はさておき、自らは体を張ったとしても
それが多くのYahooブロガーさんのためになると
思ったこと、または、ためになる事であるならば
自身が酷評されたとしても喜んでそれに甘んじる』
という私の意図をちゃんと理解してくれているからこそ
その言葉を書けるのです。
Commented by as-o2 at 2007-01-13 16:06
貴方に向けられた刃が、周囲の方にまで及ぶことを、私は賛成はしません。が。そういうことが起きている。そのことを意識に置いていただければと思います。
Commented at 2007-01-15 10:32 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by sekiguchi_aiko at 2007-01-15 10:40 x
こんにちは。
Yahoo!ブログから、たどり着きました。
本日は挨拶のみにて、御免下さい。
Commented by as-o2 at 2007-01-15 12:40
鍵さま
ご連絡ありがとうございました。

aikoさん
いらっしゃいませ。aikoさんのY!ブログは、なんか、「ふぇみにん」です。……うちとは段違いですね^^;